桜が咲く頃～初戀～
桜の樹に辿り着いた圭亮は持っていたボストンバッグを肩から下ろし静かに近付いた。そっと近付いて手を触れてみた。風が鳴る声と波が寄せては返す音を聞いているうちについさっきまで荒んで萎えていた気持ちが静まるようなそんな感じがした。

『静かだなぁ・・・』


そう呟いた時「オカエリ ケイ ズットマッテタヨ」と懐かしい声にふと顔を上げて枝を見た。

『ただいま、コトダマずっと待っていたの？』

圭亮は久しぶりの再会に懐かしく嬉しくなって気持ちが益々癒されていく。

コトダマはするりと枝を伝い圭亮の側にある三又になっている枝に腰を掛けた。

「マッテイタノハ ボクジャナイヨ モウスグクルカラ チャント マッテイテイナイト イケナイヨ」


と言うとまた桜の樹の枝を伝い上へ上へ登って行った。コトダマは一度止まって高い枝の間からおデコに右手をかざし少し遠くを見た。

「ホラ キタ！ ジャア マタネ」

そうして本当に圭亮の目の前から姿を消した。


まるで風になったみたいに枝を鳴らして。



圭亮はしばらくコトダマの言葉を理解するかの様に桜の樹の枝の合間の木漏れ日に目を細めた。


幹に近付いた圭亮は静かに頬を当てると冷んやりとして気持ちが良かった。

『香奈ちゃん、ただいま』

そう呟いた


コトダマが言っていた誰かが香奈だと分かっていたから。

ドキドキと騒ぎ始める心臓を落ち着かせようと目を閉じた。




風が圭亮のすぐ側を笑ってすり抜けていく感じが心を見透かされたようで照れくさかった。



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