桜が咲く頃～初戀～

その時を思い出すと何だか切なくなって来た香奈は何かを今、謝らなければならない様な気がした。



『圭亮君。あんな、あの時っか、あんな、昔から何時も話しかけてくれたりしてくれてたん知らん顔とかばっかりしててごめんな』


ネコ車を押す手の力が抜けたみたいに圭亮は静かに振り向きもせず答えた。

『香奈ちゃんは、いっつも知らん顔でツンツンしとった』


そう言うと圭亮の背中がクスクスと笑った様に震え出し先程までの寂しい背中は優しい背中になった。

『そうやったね。ごめんやで』


香奈は気まずくなって下を向いて帽子のツバをそっと下げた。


圭亮はその香奈の落ち込んだ姿が可笑しかったから振り向いて香奈の頭を１回トンと優しく叩いた。

頭を叩かれた香奈はビクッとしたけれど背の高い圭亮の顔を見上げるには何だか照れくさかった。


そうして数秒の沈黙の後圭亮はまた何も言わずネコ車を押して歩き出した？


香奈はその圭亮の歩く足元を見ながらついて歩き出した





おばぁちゃんの畑に到着した時圭亮が振り向いて香奈に言った

『香奈ちゃん何を手伝う？』


圭亮はネコ車の荷台に乗せいたボストンバッグを畑の入り口に今脱いだダウンジャケットを乗せて置いた。

『ここは暖かいなぁ』


そうまるで独り言の様に言いながら圭亮は袖を肘まで捲って辺りを見渡した。肌の色は白いけれど程よくついている筋肉質な腕を見た香奈は急にドキドキしてしまった事に恥ずかしく思った。

『大した事はせんしまだ出来んねんけど。今晩の御菜の野菜だけ収穫するねん。それだけやから手伝うって言っても無いかも』



香奈は大根の植えてる方へとイソイソと歩いて行った。そんな香奈の姿を目を細めて圭亮は見ていた。

ーバァちゃんに何だか似とるー


そう思うと笑いそうになってほのぼのとして柔らかい気持ちになった。

香奈は圭亮からのそんな視線から逃れる様に背中を向けてせっせと大根を抜いた。

しばらくして圭亮が


『香奈ちゃん、大根で何を作るん？』

そう香奈に声を掛けた。


香奈は大根抜きかけて振り向いた。香奈の目に眩しそうに笑っている圭亮がいた。


『あ』

圭亮が側に居る事に緊張したのか香奈は無我夢中で大根を5本も抜いていた。

『あんまり一生懸命大根と戦ってるからちょっと気になって』

そう言うと圭亮は空に向かって可笑しそうに笑った。香奈もその楽しそうな笑い声につられて笑った。


2人の笑う声は空に響き渡って桜の樹のコトダマにも届いた。


「ヨカッタネ ケイ カナ 」


そう言ってコトダマは春の風になり香奈と圭亮の間を静かに吹き抜けて何処かへ消えて行ってしまった。