桜が咲く頃~初戀~
おじいちゃんは紀子が香奈を産むと言った時、何時もは温和な微笑みを称えている顔を歪め激しく紀子を叱った。父親の居ない子が不憫だと目に涙を浮かべ怒った。

『紀子が好いた男しの子供や。一郎さんと世帯を持てた私のが幸せだったように紀子はなれんかも知れん。でも紀子は腹の中に居る子を大切に思うとる。それだけじゃ全てでは無いけんど。この子を全てと思う気持ちが私には随分と分かる。信じて産ませてあげんね』

そうおばぁちゃんの言葉におじいちゃんは静かに頷きそれ以来なんにも言わなくなった。

それからおじいちゃんは毎日暇が出来るとスケッチブックと鉛筆を持ってあの桜の樹に行くと何時間も帰らなかった。

ある日家の外にあるお風呂の釜にお腹が大きくなって屈むのが窮屈そうに撒きをくべる紀子の背中に言った。

『紀子親父のおらん寂しい子を産むんや。その分の愛情も掛けて育てんとな』

その言葉に紀子は振り向く事も出来ずボロボロと涙を流しながら何度も頷いた。大きくなった自分のお腹を優しく撫でながら。







おばぁちゃんは桜の指輪をはめたシワシワの手を擦り合わせながらそんな出来事を思い出していた。
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