桜が咲く頃~初戀~
圭亮はバスの運転席の斜め前の1人掛けの席に腰掛け大樹と懐かしげに嬉しそうに話しをしていた。
香奈はそんな圭亮の横顔と弾んだ声に胸がギュッと詰まった。それは香奈がとても圭亮が好きなんだと思っている事だと香奈は知っている。
彩未はバスの窓を少し開けて外を見ていた。彩未の髪は風に遊ばれているかの様にわさわさと靡いていてそのまだ冷たい風は彩未の頬を桜色に染めて行った。
香奈は、ただ何となくそんな光景を眺めながら今から会いに行くお婆ちゃんの色んな言葉を思い出した。お婆ちゃんの言葉は優しいけれど強い。
バスは病院前のバス停に静かに揺れながら到着した。
バスを降り、3人はお婆ちゃんの病室に向かってただ黙々と歩いた。彩未は半ば香奈に引っ張られているから早足で急いだ様になっている。
少し昼間にしては薄暗い病院のローカにはキュッキュッとナースシューズが忙しそうに鳴っていたり時より何処かの病室から咳をする濁った音が響いた。
香奈はこんな空気があまり好きでは無い。
思わず息が止まりそうに感じる時もあって苦手だった。
ただ圭亮の背中をじっと見つめてまるで見失うかの様な不安に息を止めて彩未の手をギュッと握った。
病室に入るとお婆ちゃんは窓の外を何だか優しげな顔をして眺めていた。
「バァちゃん。具合どうなん?」
香奈は静かに近づき話しかけた。
お婆ちゃんの窓際のベッドには暖かい日が差し込んで柔らかい空気を作っていた。
「あぁ。香奈来てくれたんか?ほれ」
お婆ちゃんはそう言って。あの編んでいた春の白い帽子を香奈に見せた。
「どや。可愛いに出来たやぉ。香奈は可愛いからきっと似合う思うて、白い花を付けといたよ」
そう言ってから香奈の頭に優しく被せ、前髪を整えたお婆ちゃんの手。ひんやりしてシワシワで優しかった。
香奈は泣きそうになる気持ちをこらえなければいけなかった。
「バァちゃん。香奈似合うかなぁ?」
「よう似合っとる」
お婆ちゃんはそう言って静かに微笑んだ。
窓から差す光に包まれたお婆ちゃんのそんな顔は綺麗だと香奈は思った
。
「バァちゃん。あんな、香奈聞きたい事あんねん」
香奈は白い帽子を見たがって手を差し出す彩未に帽子を差し出しながら、ベッドの上にちんまり座って窓の外を眺めているお婆ちゃんに話しかけた。
圭亮はただ、そんな真剣な眼差しがお婆ちゃんに向けられていて透き通る香奈の白い横顔を見ていた。
彩未はぶかぶかな白い帽子を深く被り独り言を何やら言っているのが面白い。
「何や?香奈。いぅてみぃや」
お婆ちゃんは窓の外から香奈に目を向け、にんまりしながらまるで香奈の聞きたい事が解るかの様に口角を右に上げて笑った。
「バァちゃん。桜子の話しやねんけどな香奈は解らん事あるねん」
香奈は小さな声に何時の間にかなって聞いていた。
「ん。桜子?」
圭亮も少し考えた声色で呟いた。