桜が咲く頃~初戀~
*
「颯太さん。もうすぐに空からの御迎えが来る様な気がするんです」
桜子は静かに微笑むと颯太の着物の袖をギュッと握った。
「お姉さん。そんな事を口にしてはいけませんよ。きっと沢山食べて滋養を付けたらきっと元気になってくれます」
颯太は海を眺めた目を潤ませて、唇を引き締めた。
「そうだと良いのですが…」
桜子は颯太の帯に何時もぶら下げられている桜の根付けを左手の人差し指で優しく撫でると。
「颯太さん。お願いします。この根付けを私にくれませんか?支えにしたいのです」
まだ十五の桜子と一つ年下の颯太の心が淡い春の風になって吹いた瞬間だった。
颯太はゆっくりと根付けを外すと、桜子の手のひらに乗せて、静かに優しく両手で桜子の左手を包み込んだ。
颯太は桜子の細くて小さくて、体温を感じさせない冷たい手を離せないままずっと海に立つ白い波を見詰めていた。
「颯太さん。ありがとうね。桜は一生懸命に頑張って長い間を颯太さんと過ごす事が出来るように神様に願います」
そうは言っても二人はお互いに近い将来必ず寂しい別れが来る事を解っていながら気持ちの切なさをやっとの思いで押さえなければならなかった。
*
「桜の根付けは颯太が拾われたこの場所で、紅葉の様な小さな手にしっかりと握られていた颯太の出生を知る唯一の物。何故に桜子は桜の根付けが欲しかったのか?解るか?香奈」
お婆ちゃんは香奈の目を確りした眼差しで見詰めて聞いた。
-バァちゃん…-
香奈は何とも言えない気持ちがした。
「バァには解る。桜子は颯太の命の次にしとるもんが欲しかったんよ。そんだけ。桜子は颯太を好いとったって事になるわなぁ」
お婆ちゃんは後ろに右手をヒラヒラさせながら下がり。ベッドの端を確認してから「よいしょ」と呟き。腰かけた。
「なぁ。圭君よ。圭君ならどうするかね?」
おばぁちゃんは、さっきから静かに物憂げなく2人の会話を聞いていた圭亮に訪ねた。
「バァちゃん。俺だったら。やっぱり颯太の様に根付けを上げたと思う」
「そうかぁ。それがどんな気持ちでもか?」
お婆ちゃんは圭亮にそう言うと静かにゆっくりとベッドに横になった。
香奈は足元に畳まれていた白いシーツに包まれた清潔な布団をお婆ちゃんの胸までそっと掛けて。圭亮が何を言うのかを待っていた。
「バァちゃん。俺、本当に好きな人にだったら何でも上げられるかもしれないよ。でも気持ちが無い人には大切な物は渡せないなぁ」
圭亮がそう呟く様に言った後。少し間を空けて。
「そっかぁ」
お婆ちゃんはそれだけ言うと、疲れたのか、静かに目を閉じた。
お婆ちゃんが寝息を立てるのに時間はかからなかった。
「颯太さん。もうすぐに空からの御迎えが来る様な気がするんです」
桜子は静かに微笑むと颯太の着物の袖をギュッと握った。
「お姉さん。そんな事を口にしてはいけませんよ。きっと沢山食べて滋養を付けたらきっと元気になってくれます」
颯太は海を眺めた目を潤ませて、唇を引き締めた。
「そうだと良いのですが…」
桜子は颯太の帯に何時もぶら下げられている桜の根付けを左手の人差し指で優しく撫でると。
「颯太さん。お願いします。この根付けを私にくれませんか?支えにしたいのです」
まだ十五の桜子と一つ年下の颯太の心が淡い春の風になって吹いた瞬間だった。
颯太はゆっくりと根付けを外すと、桜子の手のひらに乗せて、静かに優しく両手で桜子の左手を包み込んだ。
颯太は桜子の細くて小さくて、体温を感じさせない冷たい手を離せないままずっと海に立つ白い波を見詰めていた。
「颯太さん。ありがとうね。桜は一生懸命に頑張って長い間を颯太さんと過ごす事が出来るように神様に願います」
そうは言っても二人はお互いに近い将来必ず寂しい別れが来る事を解っていながら気持ちの切なさをやっとの思いで押さえなければならなかった。
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「桜の根付けは颯太が拾われたこの場所で、紅葉の様な小さな手にしっかりと握られていた颯太の出生を知る唯一の物。何故に桜子は桜の根付けが欲しかったのか?解るか?香奈」
お婆ちゃんは香奈の目を確りした眼差しで見詰めて聞いた。
-バァちゃん…-
香奈は何とも言えない気持ちがした。
「バァには解る。桜子は颯太の命の次にしとるもんが欲しかったんよ。そんだけ。桜子は颯太を好いとったって事になるわなぁ」
お婆ちゃんは後ろに右手をヒラヒラさせながら下がり。ベッドの端を確認してから「よいしょ」と呟き。腰かけた。
「なぁ。圭君よ。圭君ならどうするかね?」
おばぁちゃんは、さっきから静かに物憂げなく2人の会話を聞いていた圭亮に訪ねた。
「バァちゃん。俺だったら。やっぱり颯太の様に根付けを上げたと思う」
「そうかぁ。それがどんな気持ちでもか?」
お婆ちゃんは圭亮にそう言うと静かにゆっくりとベッドに横になった。
香奈は足元に畳まれていた白いシーツに包まれた清潔な布団をお婆ちゃんの胸までそっと掛けて。圭亮が何を言うのかを待っていた。
「バァちゃん。俺、本当に好きな人にだったら何でも上げられるかもしれないよ。でも気持ちが無い人には大切な物は渡せないなぁ」
圭亮がそう呟く様に言った後。少し間を空けて。
「そっかぁ」
お婆ちゃんはそれだけ言うと、疲れたのか、静かに目を閉じた。
お婆ちゃんが寝息を立てるのに時間はかからなかった。