ストレイ・キャット☆シュ-ティング・スタ-
「今、ひとり暮らしなんだよ」

 会社のフロア、例の女性社員が妻のことを聞いてきたので、ぼくは正直に答えた。

「柏原さんの奥さん、実家に帰ってるんだ。えぇぇぇぇぇ、どうしてですか」

 日が差し込んだ店内。そのオレンジの光線が、ディスプレイされている貴金属たちをより一層輝かせている。

「……離婚? ですか」

「ははは、バカな」

「……???」

「うん、ちょっとね、妊娠してるんだ」

「あっ、そうなんですか。すいません。おめでとうございます。でも、妊娠して実家って?」

 目を丸くして、不思議そうな表情を浮かべる。

「悪阻がひどいんだよ。おんなって大変だよな」

 ぼくはしみじみとつぶやいた。

「そうですよ! おんなってたいへんなんですから。生理なんか有るし、初めてのときは痛いし、妊娠するわで、神様って不公平ですよね。でも、柏原さん、ひとりで寂しいですね。食事とかってどうしているんですか?」

 あっけらかんと、その手の話しをしてくるこの女性社員。少しばかりジェネレ−ション・ギャップを感じてしまう……。今時の若い娘か。

「若かりしころに、ひとり暮らしをしていたから、その辺は問題無いよ。でも退屈なのは正直、本心だよ」

 退屈と言ったのはぼくの強がりで、本当は寂しいのひと言に尽きる。

「柏原さん、寂しいんじゃないですか?」

 おどけた笑みを浮かべて話しかけてくる。本心を見抜かれていた。
 ぼくは十歳も年下の娘に、こころの中を覗かれたようでバツ悪く、上手くことばを返せなかった。

「でも柏原さん寂しいからって、この間の週刊誌の記事みたいなことは駄目ですよ。一回こっきりのアバンチュ−ルなんて。遊びは駄目」

「うん、わかってるよ」

 フロアでそんなやりとりを女性社員と交わしていると、冷えた空気と並ぶようにひと組のカップルが入ってきた。

「いらっしゃいませ」

 ぼくと話していたときの表情とは、あからさまに違う表情を作り出した女性社員。
 接客業を長く従事していると、嘘っぱちの笑顔もお手のものだ。
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