ストレイ・キャット☆シュ-ティング・スタ-
 フロア正面に掛けられているからくり時計が大きなメロディを奏でながら、午後四時を告げる。今どき流行りもしないからくり時計は社長のお気に入り。ぼくは常連客との約束があったので、営業車に飛び乗って目的地までハンドルを操る。ときにはたくさんの商品を運ぶこともあるので車には社名の表示は無く、傍から見ればス−ツ姿のぼくが、太陽が傾き夕陽に変わり始めた街中をドライブしているように見えるだろうか? 障害を持ってはいるが、車の運転を禁止されている訳ではなかった。ぼくが自動車免許を取得したのは十九のとき。少しの異常が出始めた時期だが、運転には殆ど支障はなかった。


 仕事のほうはというと、常連客の修理要請。宝飾業界不況がささやかれている中、そういったサ−ビスを地道に行っている。もちろん使い捨て、インスタントな世の中にあって、そんな仕事もあまり来ないので、こちらから御用聞きに回ることも多い。そしてその都度、口紅のサンプルを大量に持ち出して、今年春のNEWカラ−をアピ−ル。これがまた結構な売れ行き。ときには二桁さばけることもある。

 「バチカンが傷んでますね。交換しておきます。それと……GOLDのリングが三つに、ネックレスですね。磨きサ−ビスで致しますね」

 
 伝票を書きながら、用意していた口紅のサンプルをさりげなく広げた。
 
 
 口紅のサンプルを持って営業に回り出したのは、社長のアイデア。入社ほやほやで宝石なんて売れる筈のない初心者のぼくに、社長が教えてくれた必殺技だ。 宝石や貴金属というものは贅沢品で、余裕のある人間が購入するものだと社長は言う。しかし化粧品やメイク道具というものは、比較的安価で若い女性にも無理無く購入することが出来る。話しのネタにもなるからと、入社当時、社長はおしえてくれた。ぼくはそれを今でもやっていたのだ。
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