ストレイ・キャット☆シュ-ティング・スタ-
「いいよ、ここで」

 上気した表情を浮かべて久留美はいったけれども、ぼくは車が気になっていたことも手伝って、マンションの敷地内に駐車してあるワゴンRまで一緒にいくことにした。

 ドアを開けると、朝の陽射しが春の香りとともに玄関口に入り込んでくる。きれいなタイツの足先をロングブーツに滑り込ませる久留美。玄関にジッパーの音が響きわたる。

「よいしょ(笑)」

 ブルゾンを片手に久留美は立ち上がり、ふたりして廊下に出ると、春の太陽が昨夜の情事を歓迎しているかのように光を降り注ぐ。逆光に照らされた久留美のシルエットが美しくて、ぼくはうれしくなった。

 長い筈のエレベーターは思いのほか早く地上に着き、ふたりだけの時間もあと少し。

「いい天気だね」

「うん、ほんま」

 アスファルトに照りつく太陽。春の訪れとともに、ぼくは久留美と出逢い恋に落ちた。ワゴンRはふたりの秘めごとの間中、主人を待つ犬のようにひっそりとその場所で待ちくたびれたようすで、久留美が乗り込み、エンジンを吹かすと目を光らせて呻き声を上げる。

「じゃぁ、運転気を付けてね!」

 ウインドゥを降ろす久留美。ぼくたちは自然と口唇を重ねた。

「またね!」

 ふたたび声を掛けると、久留美は何かをささやいたが、乾いた風に掻き消されてぼくの耳には届かなかった。久留美の優しい笑顔とともに、ワゴンRはぼくの視界からフェイド・アウトする。


 過ぎゆく夢の世界。

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