君と私を、夜空から三日月が見てる
「?????」

私の目に飛び込んできたのは、私たちと同じグレーの作業服を着た、中背の男の人だった。
ウィンドブレーカーの色が私たちのものより濃いグレーをしてて、それを引き締まった広い肩からひっかけている。
その姿がやけにインパクトがあって、三十代前半ぐらいに見えるけど、かもし出す雰囲気にやけに迫力がある。
ツーブロックショートの真っ黒な髪。
知性を感じる整った和風の顔立ちが、まるで歌舞伎役者のような印象。
一重瞼で切れ長の眼が、その人の意思の強さを表してるみたいだった。

なにこの人?!
柿坂君とはまた全然違うタイプのイケメンじゃない!?
同じ制服ってことは、この人も、清掃部門の人だよね?
掃き溜めって言われてる清掃部門に、イケメンが二人もいるなんて!!!
事務局の冴えない面子より、よっぽどイケメンレベル高いじゃん!?

私は、ぽかーんとしたまま、思わずそんなことを考えてしまった。
清掃控え室に突然現れたその謎の人物は、おもむろに胸元で腕を組むと、きりっと眉尻の上がった眉を眉間に寄せて、ちらっと私の顔を見る.
それから、なんだか怖い目つきになって、パイプ椅子で寝込んでいる柿坂君を見た。
軽く一息吸った謎のイケメン・・・
そして、つぎの瞬間、ものすごいどすの利いた低い声で、脅すようにこう言ったのだ。

「うおい・・・・っ、柿坂・・・・っ!
報告書の提出期限は、今日の早朝6時だって言ったはずだぞ・・・・っ?
早く出せ・・・・っ
俺の仕事が遅れる・・・・・っ!」

「っ!?」

怒鳴るような声なんかじゃなく、本当にお腹の底からドスの利いてる、それでいてひどく冷静な低い声に、私は思わずびくっとしてしまう。

やだ、なに?!
この人怖い!!!

その人の声にびくっとしたのは私だけじゃなく、寝息を立ててた柿坂君までも、びくっと肩を震わせてぱちっと目を開く。
数回瞬きした柿坂君は、まだ寝ぼけてるような瞳で、そのなんだか怖い男の人を見た。

「・・・っ!
あ、あれ・・・・?ボス・・・っ!?」

「おいっ、報告書どうした?
会議は11時からだ、早く出せ・・・・っ」

「うわぁ・・・す、すいませんっ」

そう言って、柿坂君はあわてて立ち上がると、ノートPCの脇においてあってクリアファイルを手にとって、それを『ボス』へと差し出した。

それを片手で受け取りながら、柿坂君がボスと呼ぶその人は、隣でびくびくしてる私をちらっと見る。
そしてまた、その視線を柿坂君に向けると低い声で言う。

「事務局からまわされてきた新人を、昨日のうちに俺のとこに連れてこいって言っておいたのを忘れてたか?
記入が必要な書類も、職務にあたっての注意事項も、適正テストもできないだろ・・・っ?」

「あ・・・・っ、すいません、忘れてまし・・た」

「仕事に忘れてましたは通じない・・・っ!何度言えばわかるんだ・・・っ?」

「す、すい・・・ません・・・」

長身の柿坂君は、まるで父親に怒られる子供のように肩をすぼめている。

それもそれでなんか可愛いかも・・・!

なんて、思ってる場合じゃないよね!
というか、そもそも、辞令が出たときに経理課長は、とりあえず、1Fの清掃控え室に行けばいいって言ってただけだし、これは柿坂君だけが悪いんじゃないよね!!

私は、意を決して口を開いた。

「あ・・・あのっ!」



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