君と私を、夜空から三日月が見てる
エレベーターを降りて、バックヤード用のカートに乗せられた大量の荷物をすり抜けて、一番奥にある従業員トイレに辿りついた私。
ドアの前で、荷物をごそごそ下ろしていた時だった、ふと、私の隣に、エテルノグループの事務制服を着た誰かが立った。

「?」

私は、ふと目を上げる。

「長谷川さん、おはようございます」

「あ・・・・西田さん!
おはようございます!!」

そこに立っていたのは、ちょっとふっくらしてて、めがねをかけた中年女性。
事務局のパートさんだった、西田さんだ。
すごく気さくで気の利くおば様で、私は、この人を第二のお母さんと呼んでいた。
そんな西田さんが、なんだか気の毒そうな表情で私を見てる。
だから私は、思い切り笑顔を作ってみたのだ。

「こんなところで会うなんて!ちょっと新鮮ですね!」

「あら・・・なんだか、明るい顔でよかった。
心配してたのよ~・・・急に清掃に移動だなんて・・・」

なんだか、すごーく気を使ってくれてるような口ぶりだったので、私は、あえてあっけらかんと答えて言う。

「うーん、最初は・・・確かにすごーくショック受けてたんですけど。
清掃、結構楽しいですよ~?清掃にはイケメンがいるし!!」

「ああ・・・・知ってる知ってる。
チラッと見たことあるよ、背の高い若いおにーさんでしょ?!」

「そうですそうです!ボスもカッコイイですよ、ちょっと怖いけど!」

「ボス????」

西田さんが不思議そうに首を傾げた時だった、突然、慌しく、バックヤードの男性従業員が数人、売り場のほうに駆け出していったのだ。
その後を追うように、男性警備員さんが二人、現金を金庫に預ける時に着る防刃ベストを着て、すごいいかめしい顔つきで売り場に走り出て行く。
私と西田さんは、顔を見合わせて、きょとんとしてしまった。

「なんでしょ・・・?」

「なにかね?万引犯でも・・・捕まえたのかね?」

西田さんはそう言って、目をぱちぱちしていた。

その時だった、私の作業服のポケットで業務用PHSが鳴ったのだ。
私は、あわててPHSを手にとって受話ボタンを押す。

「はーい、清掃部門長谷川です~」

『あ、今日は長谷川さんなのか~・・・警備の橋本です。
すいませんね~・・・・ちょっと、酔っ払ったお客さんさんが暴れましてね・・・』

電話の向こうで申し訳なさそうにそういったのは、名前だけでもう誰かわかるほどベテランの警備員さんだった。
従業員通用口でよく顔を合わせてたので、私が事務局から清掃に飛ばされたのも、もちろん知っていて、そして私が清掃に不慣れなのもよく知っている。
私は、思わず眉間にしわを寄せてベテラン警備さんに聞き返した。

「あの・・・
酔っ払いのお客さんって・・・まだ、開店したばっかりの時間ですが・・・?」

『まぁ、いろんなお客がいるからね・・・
それでね、ちょっとね、一応お客さんは保護したんだけどね。
大暴れしてたんで、2Fの客用男子トイレがね~・・・ちょっとね~
ひどいことにね~・・・・ちょっと、今、救急車と警察呼んだから、落ち着いたら清掃お願いしますね』

「え・・・・?
あぁ・・・は、はい・・・」

警備の橋本さんのその言葉に、嫌な予感しか覚えなかったけど、とりあえず返事を返してPHSを切る。

なんだろう・・・・
ほんとに・・・

嫌な予感しかしない!!!!







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