君と私を、夜空から三日月が見てる
          ☆

従業員休憩室の前にある、カップコーヒーの販売機の前で、私は、ちょっとだけ緊張しながら、傍らでコーヒーを買っている、東郷さんのきりっと男前な横顔をチラ見していた。

乙女チックに例えるなら、柿坂君が王子様なら、東郷さんはナイトと言ったところかな?
ほんわかして癒し系な柿坂君とは対照的で、この人は、なんとなく人を寄せ付けない凛とした雰囲気があるというか、影があるというか。
歌舞伎役者のような和風の整った顔立ちのせいなのかもだけど、近寄りがたいオーラはあるかも。
そんなことを一人で考えていた、私の目の前に、さっとあったかいコーヒーが差し出された。

「!?」

「ほら、飲んどけよ。
初めての惨状処理で、疲れただろ?ミルクと砂糖入りだ、いいか?」

コーヒーを差し出してくれたのは、紛れもなく東郷さんだ。
私は、思い切り恐縮してコーヒーのカップを受け取る。

「あ、ありがとうごさいます。甘くてもブラックでもいけます・・・大丈夫です」

そう答えると、鉄面顔のイメージがある東郷さんが、その知的な唇だけで小さく笑ったのだった。
やけに柔らかで、それでいてクールな微笑に、私は、思わずどきっとしてしまう。
そんな私のかすかな動揺には気づかない様子で、東郷さんは小さく息を吐くと、自販機脇の壁にもたれかかった。
そして、コーヒーの入った紙コップを口元にあてがいながら私に聞くのだ。

「どうだ、少しは慣れてきたか?清掃は?」

「・・・な、なんとか、やっとって程度ですかね。
でも、まだまだ覚えることはありそうなんで、とりあえず、がんばります」

「事務屋がいきなり体力勝負だしな」

「あははは・・・
まぁ、それもそうなんですけど。
この仕事してると、かなりのダイエットになりそうなんで、悩殺ボディ目指して掃除して回る予定です、よ?」

「・・・悩殺ボディとか・・・」

東郷さんは、軽く眉間にしわを寄せて、じーっと私のつま先から頭の天辺までを見る。
その視線が、なんか怖くて、こんな冗談言ったから怒られるの!?と思ったら・・・

「・・・・・うーん。
毎日、バックヤードの通路を二時間水モップかけすれば、なんとかなるか・・・?」

ものすごく真面目な顔した東郷さんが、いきなりそんなことを言ってきたのよ!?
私は焦って、思わず首を横に振った。

「ちょ・・・いくらなんでも、それは無理・・・です!
バックヤードって・・・一体、全長何メートルあるんですか?」

「800mだな」

「ぶっ・・・・!
もはや1Kに届く距離じゃないですか!?」

「試しにやってみるか?」

そう言った東郷さんが、今までになくごく自然に微笑んだ。
思いのほかさわやかだったその笑顔に、私の心臓は再びどきっと大きく鼓動してしまう。
鉄面顔で強面の東郷さんも、こんな笑い方するんだ・・・?

「む、無理です・・・絶対無理です!」

「無理だとか言われると・・・余計にやらせたくなるな?」

ちょっと意地悪な顔をしてそう言った東郷さん。
でも、その意地悪そうな顔が・・・なんだか、妙に色っぽかったから、私の心臓が三度どきどきと鼓動を打ってしまうのだ。

柿坂君といい、東郷さんといい、いったいなんなのよ!!
イケメンって罪だよね!!

そう思って、私が顔を真っ赤にしたときだった。
突然、東郷さんのPHSが鳴った。








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