君と私を、夜空から三日月が見てる
びくっとして、私は後ろを振り返る。

すると・・・
そこに立っていたのは・・

中肉中背の30代後半ぐらいの男性のお客様。
紺色のキャップをかぶって、黒いウィンドブレーカーにジーンズ姿。
私は、相手が人間だったことにほっとして、「いらっしゃいませ~」と声をかけて作業を続ける。
そのお客様は、無言で私の脇を通りぬけて、エスカレーターに乗り下の階へと降りていってしまった。

ああ・・・
お客さんでよかった・・・
幽霊じゃなくて・・・

なんとなくホッとした私は、またエスカレーター前をクリーナーで掃除して、次の箇所へ。
自動ドアを出て、再び駐車場を横切り、第二エスカレーターへ。
相変わらず風が強くて、ガラスの向こうの宵闇にはびゅ~って音を上げて見えない空気の渦が通りすぎていく。

ああ・・・
早く終わらせて、ひとけのある場所に戻ろう!!

第二エスカレーターを完了させて、最後の箇所。
第二エレベーターホールへ。

「ああ・・・・やっと、これで終わる・・・・」

思わず、そうつぶやいた時だった、エレベーター脇の客用階段から、足音が聞こえてきたのだ。
その足音は、ゆっくりと上に登ってくる。

こんな時間に非常階段を上がってくるなんて・・・
もしかして、警備さんの巡回かな・・・?

そう思って、足音なんか気にもしないでゴミを回収していると、不意に、その足音が、エレベーターホールで止まったのだ。

「ん???」

私は、ふと後ろを振り返えろうとする。
しかし、私が振り返るより先に、その足音の主が声をかけてきたのだった。

「あ~・・・すいません、こっちに・・・」

それは、男の人の声だった。

「え?」

私が振り返ると、客用階段の入り口に男性客が立っている。
それは・・・
さっき、エスカレーターのところですれ違ったあのキャップをかぶった、30代後半ぐらいのお客様だったのだ。

なんか・・・
嫌な予感しかしない・・・・!
でも、お客様は・・・お客様なので・・・

「どうなさいました~?」

そう声をかけて、私は、ハンディクリーナーを握ったままそのお客様のところへと近づいていった。

「なんだかこっちに・・・」

お客さんは、手招きするようにしてそう言うと、私を客用階段の踊り場のほうへと誘導する。

「どこか汚れでもありました?」

私は、そのお客さんから少し距離をとって踊り場の手すりから下を覗きこんだ・・・

その時だった。
いきなり、そのお客さんの両腕が伸びてきて、私の体を背中からがばっと抱きしめたのだ!

「きゃ・・・!」

悲鳴を上げそうになった私の口を、軍手をした手が思い切りふさいで声を出すことを妨害する。

「ぅんっ・・・・!!!?」

私は必死で抵抗して、その腕を振りほどこうとしたが、ものすごい力で押さえつけられ、踊り場のカート待機スペースに引きずりこまれてしまったのだ。

「・・・・・・・・・っ!!!」

これはやばい!
絶対やばい!!!
この人・・・痴漢だ!!!

口を押さえられたまま、私の体は床に倒される。
キャップの下で、その男がニヤニヤしてる。

気持ち悪い!!!
早く!
早く逃げないと!!!

私は必死で抵抗し手足をばたばたさせる。
恐怖で体の芯が冷たくなっていくのがわかる。

やだ!
やだこんなの!
このままじゃ・・・!!
私・・・・!!

誰か助けて・・・・!!


柿坂君・・・・!!!!


無意識に、私は、心の中でそう叫んだ・・・・
その次の瞬間だった。
< 42 / 54 >

この作品をシェア

pagetop