君と私を、夜空から三日月が見てる
3Fにたどり着いた私は、車椅子トイレの前で困ったような顔つきをしている柿坂くんを発見する。

「どうしたの?」

一体何があったのかときょとんとしている私に、ますます困ったような顔つきをして、柿坂くんは突然、私の耳元にその唇を近づけてきた。

その仕草に思わずどきっとした私。

が・・・・

そんな柿坂君がつむぎだした言葉は、まったく色気のない言葉だったのだ。

「あの・・・お客様が、下着とジャージを買ってきてほしいんだってさ・・・」

「は???」

どきっとしたことを不覚に思いつつ、柿坂君の言葉の意味を必死で思い巡らせる私。
そんな私を見て、柿坂君は苦笑するのだ。

「とりあえず、中にお客様いるから・・・ちょっと話聞いてやってくれると嬉しいかも?」

「・・・・・ああ・・・そ、そうなんだ・・・・」

私は、いまだに状況を把握できないままドアをノックする。

「すいません、清掃の者ですが」

私がそう声をかけると、中から鍵を開ける音がして、すーってドアがスライドする。
10cmほど空いた隙間から顔を覗かせたのは、私よりも5歳ぐらいは年上だろう女性のお客様だった。

「いかがなさいました?」

私がそう聞くと、お客様は、少し青ざめた顔色のまま、申し訳なさそうに眉をひそめて私に手招きしたのだった。

「????」

私は、きょとんとしたまま、車椅子トイレの中に入る。
すると、便器と洗面台を仕切るカーテンにくるまるようにして、女性のお客様はおずおずと恥ずかしそうにこう言ったのだ。

「ほんとにすいません・・・もう、これじゃ表を歩けないので・・・・」

そう言ったお客様がするっとカーテンをはずすと、ベージュ色のスラックスが、おしりから太ももにかけて血で真っ赤に染まっていた。

「ああ・・・・大丈夫ですか?貧血とか起こされてませんか?」

それで私は全てを把握した。
なるほど、これじゃ表を歩けない・・・・
生理がひどかったんだね・・・
なんて気の毒・・・・
女として、ほんとうにお客様に同情してしまった私。
これだけの出血じゃ、すごくふらふらしてそう・・・

お客様はバックの中から5000円札を取り出すと、それを差し出しながらますます申し訳なさそうに言うのだった。

「貧血は・・・大丈夫。
申し訳ないですね・・・
ほんとに・・・
下着はMサイズで・・・ジャージは上下で、なんでもかまいません。そのお金で買える範囲で・・・」

「かしこまりました。下着はサニタリーのほうがよろしいですよね?色の指定とかありますか?」

「ああ・・・そうですね、じゃあ、サニタリーショーツで、ショーツの色はなんでもかまいません、ジャージは色の濃いものでお願いします」

「かしこまりました、すぐに買ってきますね。少々お待ちくださいね。ご気分は悪くないですか?」

「ありがとう・・・大丈夫です」

「わかりました、ご気分が悪くなったらすぐに緊急ボタン押してください。すぐに買ってきますね!」

私はそう言うと、急いでトイレを出た。
表にいる柿坂君に、「もう大丈夫、柿坂君は仕事に戻っていいよ」って伝えると、私は婦人服売り場に走った。



これだけの規模のショッピングモール。
日々、色んなお客様に出会う。
ずっと事務所にいたから気づかなかったけど、表の仕事って色々あるし、まさか清掃担当なのにお客様の服を買いにいく羽目にはるとは!!

でも私は思ったのだ・・・
こうやって色んなことを覚えていくことは、きっと私の人生には有益なんだろうなって・・・・さ。

よし、前向きになってきたぞ!!!
たかが小さいことでうじうじしても仕方ないのだ!!!








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