君と私を、夜空から三日月が見てる
そうやって意気込んで、お客様のショーツとジャージを買い、レシートとおつりをもって再びトイレに戻ると、お客様は、ほんとうに申し訳なそうに何度も私にお礼を言ってくれた。

表に出て接客をするようになって、こうやってお礼を言ってもらえることがすごーい喜びに感じられたから、すっかり機嫌の治った私は、足取りも軽く清掃控え室に戻ったのだった。

勢いよくドアを開けると、事務仕事をしていた柿坂君がゆっくりと私を振り返る。
そんな彼に向って、自分でも気持ち悪いと思うほどの満面の笑顔で私は言ったのだ。

「なんか・・・・清掃楽しいね!!!」

「え・・・?どうしたんすか急に?」

柿坂君はきょとーんとした顔でまじまじと私を見る。
私は、そんな彼の近くに歩きながらにっこにこしながら答えてしまった。

「うーん・・・なんていうかな、事務職では味わえない充実感的何かを今、私は実感してる!!」

「ぶっ」

柿坂君は笑いを吹き出すと、さもおかしそうにあははって笑うのだ。

「最初にここに来たときは、めっちゃ泣いたくせに!!!」

「な・・・泣いてないよ!!!」

柿坂君の言葉に私は思わず、顔を真っ赤にして反論してしまう。

いや・・・
うん・・・
確実に泣いたけど・・・・!
トイレ用のタオルで顔拭かれたけど!!!
だからと言ってその発言は認めないのだ!!!

柿坂君は、ますますおかしそうに無邪気に笑った。

「ああ、はいはいそうでしたね!
空調から水が漏れてたんでしたね!!!」

「そうです!!!!」

「っていうか・・・ああいう時って、女性がいてよかったなって思いますよ」

「ああいう時って?」

「さっきの車椅子トイレのお客様みたいな感じのとき?」

「ああ・・・・まぁ、そうだね、ああいうのは男の人だとちょっとね」

「うんうん、だからさ」

「うん?」

私がきょとんとすると、なぜか柿坂君は、急に真面目な顔になって、そのまま唇のすみだけをごく自然に持ち上げて、ほんとに大人びて微笑したのだ。

その笑顔が・・・
私の幼い記憶にある・・・
あの、東京wonderlandで見た・・・
王子様の・・・
そう、あの時母をハグしていたあの青年の笑顔にそっくりで・・・
私は、どきっとしたまま、その場でフリーズしてしまったのだ・・・・

そんな私に向って、無邪気な柿坂君がなんの気なくすうって手を伸ばしてくる。


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