君と私を、夜空から三日月が見てる
「なんで急に泣き出すの!?」

「な・・・泣いてない!」

私は思わず反論したけど、結局、涙が頬に落ちて来たことに気付いてしまった。
今日、初めて会ったばっかりの、しかも6才も年下の男の前で泣くなんて、長谷川朝香、一生の不覚なんです。
元彼の前でも泣いたことなんかなかったのに!

唇を噛み締めて、ポロポロ涙を流す私を、柿坂君は困ったように見つめて、ふと、棚の上にきちんと畳んであったタオルを取る。
それを私に差しだしながら、唇をとがらせつつこう言った。

「いや、解りやすく泣いてるじゃん・・・
配属されていきなり泣かれるとか初めてだよ」

「泣いてないよ・・・!」

そう言い張る私の頬をそっとタオルで拭きながら、柿坂君は苦笑いする。

「わかったよ。じゃあ、それは涙じゃないって事にしとく」

「当たり前なんだから!私泣いてないんだから!」

「はいはい。空調から漏れた水拭いたら、仕事教えるんで早く水止めてください」

「すぐ止まるよ!」

我ながら大人げないと思ったけど、私は柿坂君の手からタオルを奪い取ると、いつもの負けん気を出して思わずそう言ってしまった。

柿坂君は、珍獣でも見るような目できょとんとしてたけど、可笑しそうに笑ってふと私に向かって右手を伸ばしてくる。

「!?」

彼の長い指先と、思うより頼りがいがありそうな大きな掌が、くしゃくしゃと私の頭を撫でる。
私の顔は、その途端に、またしても真っ赤になってしまった。

「長谷川さん、珍獣みたいだね。面白い」

「なにそれ?おねーさんに向かって失礼な!」

「おねーさんかぁ・・・まあ、そうだね」

柿坂君は、またしてもあはははって声をあげて笑うと、私の頭から手を離して、四段ラックの3番目に置いてあったウエストバックを自分のベルトに引っかける。
私は、握りしめていたタオルを畳直そうとした。

けど、そこに記入されていた言葉に衝撃を受けることに!


そこには、黒い油性ペンでこう書かれていたのだ。

『トイレ用』


「ちょっとおぉぉ!!!
これ、まさか・・・トイレ用の雑巾!!?」

「え?うん、そうっすね。
ああ、でも大丈夫、洗面台専用だし、ちゃんと洗ってあるし、柔軟剤も使うから柔らかいっしょ?」

それこそ、なんの悪気もなさそうににっこり笑ってそう答える柿坂君に、私は、膝から力が抜けるような感情を覚えながら、肩をすくめてしまう。

「どっちにしてもトイレ用には変わりないじゃない!」

「まあ、そうっすね」

「もぉおおお!」

本当は、ぶん殴りたいとこだけど、涙を拭いてくれた訳だし、なにより、あまりにも無邪気に悪気なく笑うから、私はそれ以上怒る気にもなれなかった。

そして思った。


顔が良いってほんとに得だよね!!!


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