ファンレター
帽子を少し後ろに傾けて、十は私の前髪に触れた。
瞳の奥に港の光りを閉じ込めて、私をどんどん吸い寄せて行く。
鼓動は大きくなりすぎて、体が麻痺してしまいそう。
いろんな想いが、込み上げてくる。
十との日々
十への気持ち
ずっと想いばかりが膨らんでいった、今日までのこと。
やがて息を感じられるくらい十が私に近付いた時
風に押された私の髪が、ピンクのルージュに触れた。
「…っ、ダメっ!」
私は咄嗟に、顔を海へ逃がした。
「っ、ごめん!」
十が謝る。
「ううん、違うっ!そうじゃなくて…」
気まずそうな十の横顔に、胸が苦しくなった。
ちがう、ちがうの。
どう言えばいいか分からないけど、今の私の唇は、濱田サキの唇になっている気がした。
あの人のルージュを、あの人に塗られて…
だから、なんていうか…
「ごめんね、そうだよね。羽田さん彼氏いたんだよね」
「十、そうじゃ…」
違う、違うよ。
でもうまく説明できない。
濱田サキのせいにするのも、なんだか嫌だ。
深い息を吐きながら、十はメガネを外して空を仰いだ。
「……どうかしてたな、オレ。舞い上がりすぎた」
自己嫌悪に落ちて行くような十の横で、私は必死に言葉を探した。
人が減る気配のない海沿い。
また船は、短く鳴いた。