ファンレター
口数少なく歩く道。
「10時まであんまり時間ないし、タクシーひろう?」
振り返る十の手が、後ろを歩く私の手につながってる。
絡まる二本の指が、たまらなく鼓動を掻き立てた。
好きなのに…
好きなのに……
うまく、説明できない。
私はまだ、十への言葉を探してた。
「どうするかなぁ」
十が道路の方に目をやる。
ホテルに帰る手段を、探してくれてる。
でも
「いらない……」
「ん?なに?」
「…タクシー、いらない」
今の私の精一杯。
私は十と一緒にいたかった。
このまま離れるなんて、できない。
「ここからまだ結構遠いしなぁ」
十は平然と言葉を返す。
お願い、素直に言えない私の代わりにどうか伝えて。
私は十の手を、しっかりと握り返した。
楽しそうに会話しながら通り過ぎて行く人達。
人が多いせいか、誰も十には気付かないみたいだった。
今だけは、私だけの十だ。
十が好き。
すごく好き。
目にかかるやわらかい前髪。
優しい感触と、それとは対称的に力強い手。
甘えるような澄んだ目と、嫌いだった子供っぽい性格。
十の存在を表す全てのものが、私の中でどれだけ大きいか。
十との時間がどれだけ大切か。
今更のように気がついて、勝手な私の感情は、十を離そうとしなかった。
「…じゃあ、間に合わないだろうけど、一緒に歩いて行く?」