ファンレター



信号の向こうに宿泊ホテルが見えてくると、人通りの多い場所からは随分遠ざかってた。

離れる時が、近づいてる。



「そろそろ一人で行った方がいいかも。ホテル入るまでここで見てるからさ」



そう言って十が、外したメガネを私に掛ける。



「なに?」


「あ、何かあげる癖ついちゃって」


「なにそれ。芸能人ぶってて嫌な感じ」


「ええっ!……ショック」



困った顔の十を見ると、昔に戻ったみたいで安心する。

私はいつもの調子に戻すのに必死だった。



だって、二人の間に有り得なかった出来事と、誤魔化し続けてた自分の気持ちが、うれしい反面なんだか気まずくて。

昔の二人とは、ムードが違いすぎたから。




「そのスカート似合ってるよ。ちょっと短い気もするけど」



真面目な顔で言われると、なんだか照れくさい。

私は目を伏せたまま、少しずつホテルに向かって後ろ向きで進んだ。



「どうして水色の柄を選んだかわかる?」



ビルの間に半分姿を見せた月を、眼鏡のフレームで型取った小さな窓から眺めて、また一歩後ろへ進む。



「どうしてオレが、水色を好きなのか知ってる?」


「…どうして?」



私は足を止めた。

十は少し考えて、それからすねた顔を見せた。




< 137 / 218 >

この作品をシェア

pagetop