ファンレター
信号の向こうに宿泊ホテルが見えてくると、人通りの多い場所からは随分遠ざかってた。
離れる時が、近づいてる。
「そろそろ一人で行った方がいいかも。ホテル入るまでここで見てるからさ」
そう言って十が、外したメガネを私に掛ける。
「なに?」
「あ、何かあげる癖ついちゃって」
「なにそれ。芸能人ぶってて嫌な感じ」
「ええっ!……ショック」
困った顔の十を見ると、昔に戻ったみたいで安心する。
私はいつもの調子に戻すのに必死だった。
だって、二人の間に有り得なかった出来事と、誤魔化し続けてた自分の気持ちが、うれしい反面なんだか気まずくて。
昔の二人とは、ムードが違いすぎたから。
「そのスカート似合ってるよ。ちょっと短い気もするけど」
真面目な顔で言われると、なんだか照れくさい。
私は目を伏せたまま、少しずつホテルに向かって後ろ向きで進んだ。
「どうして水色の柄を選んだかわかる?」
ビルの間に半分姿を見せた月を、眼鏡のフレームで型取った小さな窓から眺めて、また一歩後ろへ進む。
「どうしてオレが、水色を好きなのか知ってる?」
「…どうして?」
私は足を止めた。
十は少し考えて、それからすねた顔を見せた。