ファンレター
月に誘われるように、外へと足が進む。
頭の中には、尾根さんの言葉が浮かんでた。
十が望まなくても、十のために…
「涼ちゃん、携帯が鳴ってるわ。十からよ!」
胸の前で組んだ手が、小さく震える。
声が聞きたい。
十が好きで仕方ない。
でも、それを手に取ることはできないんだ。
私は言葉も出ず、首を横に振った。
「お願い、出てあげて。声を聞かせてあげて」
ボタンを押せば、一瞬で十の近くにたどり着ける。
遠かった距離が、隔たりもなく隣に十をつれて来る。
こんなにも簡単なことなのに、それを引き止める心がどこかにある。
「ごめんなさい…、帰ります」
鷹宮の母から顔を隠して、私は玄関を出た。
本当は今すぐにでも東京へ向かいたいくらい、十と会いたい、話がしたい。
でも、迷いがある。
不安がある。
私は自分の意志を確かめるために、もう一度堤防へと向かった。
十のために私がすることは、何なのか。