ファンレター
三十年前ーーー
「今日は、新刊出てますか」
初々しい額を出して、髪を後ろに束ねた由起子は、店の表戸を静かに開けた。
あどけない笑顔に、男はまた胸をときめかされる。
街でも評判の美少女。
本棚越に、途切れ途切れでつながる視線。
精算台で、わずかに触れる指先。
密かな想いは、長い月日を必要とせず、いつしか二人は恋に落ちた。
しかし二十を超える年の差は、世間から二人の想いを隠さずにはいられない。
「また明日、桜の木の下で」
由起子と男の静かな文通が始まった。
花が咲いても、葉が散っても、二人の想いが変わることはなかった。
今は無理でも、時が来ればきっと堂々と想い合えるはず。
そう互いに信じ続けていたのだ。
『いつか陽の当たる場所で手をつなごう』