ファンレター
十は私の姿に気づくと、一瞬体を硬直させて目を大きく開いたけど
また何事もなかったように、尾根さんの元に歩いて行った。
記者は、カメラを手に様子を伺ってる。
「十の毎日がわかったでしょう。これが彼の住む世界です。彼の望んだ世界です。あなたの入る隙は、ありそうですか」
響き渡る声と尾根さんの視線が私に向けられると、十と濱田サキ、記者たちの視線まで私に集中した。
この状況…
十に近付くどころか、口を数ミリ開くことさえできない。
さすがに多美お得意のテンポの良さも出ず、私はその場に立ったまま、情けなくも誰かの声を待ってた。
いつもと同じ一秒が、重い空気を含んだ長い一秒になる。
「君の気持ちは、君にしか言えない。十だけを見ればいいんだ」
ボンネットの向こうから、囁くように言った桂さんの言葉が、私の背中を優しく支えた。
私には、伝えたいことがある。
十に伝えたい、本当の気持ちがあるんだ。