ファンレター
後ろでは、ピアノの演奏が始まった。
曲名は知らない。
ちょっと古い時代を思わせるような、テンポの緩やかな曲。
それに気を取られるお客はいなかったけど、私は不意に椅子を回転させた。
奏者の場所に当たるライトが、溢れた分をラインに変えて。
階段の終わりに、光を差す。
「ここでピアノ聞くと、落ち着くんだよな」
壁に背を掛けながら腕を組んで。
目を閉じながら曲に聞き入ってる。
ほどけた靴ひもが、気持ちを表わしているようで、どうしようもなく愛おしくて。
どんなことをしてる姿にも、私の全てが反応して惹かれた。
胸がいっぱいで
呼吸をするのも苦しくて
声も…出せない。
「桂さん、ちょっと涼ちゃん借ります」
ただ体は、抵抗なく引き寄せられた。
十の手は、いつも暖かい。