ファンレター
「うちの母さんから連絡あったよ。何も言わず出て来たって?」
近くにいても、遠く感じる今の十。
今夜は月も見えなくて、十が何を思ってるのかもわからない。
二人の間で混ざり合う、感情を抑えた空気でさえ、風の悪戯で冷たく変わって流れて行くみたい。
ただ、手の平のぬくもりは、それだけで私のすべてを慰めてくれそうなくらい優しかった。
「…十。私、十のこと好きだって言った。芸能界もやめて欲しいって言った。もう言いたい事、全部言ったの。あと何をすればいいの?……どうすれば、帰って来てくれるの?」
泣けばいいんだろうか。
涙は女の武器になるって本当なら、私は朝まで泣いたっていい。
それくらい、どんなことをしても十をあきらめたくなかった。
もう、他に方法が浮かばない。
十は、何も言わず歩いた。
私も歩き続けながら思う。
このまま地球を一周したって、十との時間が充分だとは思えないだろう。
夜が何度明けたって、会わないことを平気に思える朝はないだろう。
強く握れば、さらに強く返してくれるから。
離れたくない想いは、どんどん膨らんだ。