やまねこたち


「ただいまぁ」

家に帰って、すぐに12センチのヒールを脱ぎ捨てた。
私は一目散にリビングに入る。

「おつかれ、カレン」
「ありがとう」

まず最初に会ったのは、麻月だった。
麻月から差し入れであろうチーズを受け取る。
ちなみに私の大好物だ。

麻月はとにかく身長が高い。

あたしは日本人じゃないし、低身長・寸胴・大体重じゃない。
そこらの男に身長は負けていないけど、麻月は別だ。
本人もそのことを「目立つから」という理由で良しと思っていない。

「今日はどうだった?えーっと、社長と秘書の2人だっけ?」
「そう。まぁ、明日のニュースで分かるわね」
「豹とカレンなら大丈夫でしょう」

麻月はソファに座り込んだ。
その足の上に私も座った。

「…油断はよくないわ、麻月。いつ山猫を離れるのか定かじゃないのよ」
「そうだけど、僕はきみの腕を信じているんだよ。もちろん、仲間として。カレンは真面目だなぁ」

麻月は気にしていなさそうな顔で笑った。
まったくこいつは、口だけだ。

そうしていたら、リビングに豹が入ってきた。
何故か上半身裸。

「おつかれ、豹。ところで服はどうしたの?」
「血。俺も油断してた」
「あぁ、そう。気をつけてね」
「麻月さ、カレンと俺の態度ちがくねぇ?」
「そう?」

豹は笑いながら、リビングを出て行った。
階段を上る音がしているから、きっと部屋で服を着替えるのだろう。

「麻月、今日どうだった?」
「まだニュースになってないよ」

私は付けっぱなしだったテレビに視線を移す。

「…ふん」

ニュースになっていない、と言うことはまだ発見されていないと言う事だ。
事件は気付かれないだけ完成度が高い。
発見が遅れるほどリスクが低くなるからだ。

そう思うと、私は麻月に説教をしている場合じゃない。

こいつは1人で、完璧にこなしているんだから。

「あら、ダディが帰ってきたみたい」

外からする車のエンジンの音で、私達は顔を上げた。

こんな人が少ない道で、車を使うのはダディだけだ。

すぐに玄関から音がして、その熊男は現れた。

「おかえりなさい、ダディ」
「親父、おつかれ」

私は麻月の膝から立ち上がって、リビングに現れたダディこと鮎川元樹さんを抱きしめた。

ダディが山猫の男勢の中で1番ガタイがいいことを、私と艶子は知っている。

「カレン。いつ帰った?」

どすのきいた、地を這うような低い声が響く。
顔なんてもう、殺人鬼顔。まぁ、実際そうなんだけど。

「さっきよ」
「そうか。少し俺が遅かったか」

ダディはハットを机の上に置いた。
驚くほどがっしりとした体格が、堅苦しいスーツの下からにじみ出ている。

その太い胸板を思うと、私は思わずうっとりしてしまう。
やっぱり男はこうじゃなくちゃ。

「艶子はどうした?」
「さあ?麻月、知ってる?」

麻月は顔を上げた。

「ああ、艶子ね。深酒して今上で寝てるよ」
「…あいつは本当に酒好きだなあ」

ダディは笑った。
そんな子供思いなところも素敵。


山猫のボスである、ダディこと鮎川元樹はここのメンバーに、「親父」やら「パパ」やらと呼ばれている。
もちろん、山猫のメンバーは誰一人として血は繋がっていない。
それでも、元樹は世界から離れた私達を、本当の子供のように可愛がってくれる。

仕事のミスをしたときはとんでもなく怖いけど、いつも優しい。

私達はそんなダディを愛している。


「あら、蓮二」
「おう、帰ってたのか。さっき豹は見かけたけど」
「今日は豹と仕事だったの」
「あぁ、そうか」

風呂場から出てきたのは、黒髪の蓮二。体格は豹と似たり寄ったり。
この山猫からみたら、案外1番まともなのかもしれない。山猫の中ではね。

濡れた黒髪をタオルで拭いている。

「蓮二も仕事終わったのかしら?」
「あぁ、俺は1時間くらい前に。お前らよりは少し早く終わった」
「そう。今日オフなのは艶子と麻月だけだったのね」

私が食べていたチーズを蓮二が奪う。
私は無言で睨んだ。

「まぁ、何にせよ。今晩ちゃんとみんなの顔がみれて良かったよ」

麻月はいつの間にか手に持っていたワインを全員に配っていた。
気が利くやつだわ。

麻月がソファに座ったのを見計らって、その膝に乗り上げる。
麻月は仕方ない子、とばかりに私の頭を撫でた。

「乾杯」

赤ワイン。
葡萄の上品な味と、強烈な強さのアルコールが脳を麻痺させるみたい。

今日の肉を裂いた感触も、体を射抜いた鈍い音も全部忘れて、私達はワインを仰ぐ。



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