やまねこたち
「んー」
時計を見ると、2時頃に短針がとまっている。
時計を尻目に、私は黙々とニュースをチェックしている目の前の麻月の唇を食べた。
麻月のくぐもった声が聞こえる。
温かくて大きい手の平が、頬に添えられたのが分かる。
キッチンの方で、牛乳をパックのまま直飲みしている蓮二は、呆れたような顔で私と麻月を見ている。
「いいじゃない。誰だってキスしたくなる衝動はあるわよ」
麻月とのキスの隙間で、そういってやった。
すぐに唇がふさがれる。
「…おめーはいつもだろうがよ」
目だけで「うるさい」と言ってやる。そういう蓮二だって受け入れてくれるのに。
「どうしたの。今日は甘えたがりだね」
キスが終わると、麻月はまたニュースに視界を落とす。
自分のしたいことは続けるがモットーな麻月はつまらない。
「…別に。そこに麻月が居たから」
「そう。面白い理由だね」
麻月の太い首にしがみ付いた。
石鹸の香りがする。
「蓮二、あんたどんだけ飲むのよ」
「風呂上りは牛乳だろ」
「そういうことじゃないっつの。パック丸々飲み干すなって言ってるのよ」
「男は飲む量が違うんだよ、量が」
「麻月、そうなの?」
「初めて知ったよ」
「くそ麻月」
空になった牛乳パックを荒々しく蓮二は机に置く。
それを片付けるのもどうせ私か麻月の仕事なんだから、嫌になる。
「ちょっとお、ちゃんと捨ててよね」
「はいはい、わーってるって」
蓮二は聞いていない様子で濡れたタオルを脱衣所に置いた。
そこで、2階から激しい音がした。
「…まぁた何やってんだか」
「艶子か?」
「そうじゃない。豹も2階に居るみたいだし」
そういうと、麻月は笑った。
蓮二も苦笑する。
私だけ、艶子の無事を祈った。
「また喧嘩でしょ。ちょっと見てくる」
麻月の膝から立ち上がると、私は2階に上った。
すぐに廊下が見えて、金髪と黒髪が暴れまわっているのが分かる。
「うぎゃああ!!そんな格好で近づくな、アホ!猿!!視界から消えろ!服を着ろ!」
「それは俺のセリフじゃああ!大体、てめぇ酒飲みすぎなんだよ!今日は月曜だぞ?!」
「曜日とか関係ねぇし!!休みの日は飲むって決めてんだよ」
サルこと豹が、艶子の髪を掴む。
艶子も負けじと豹の顔を殴った。
確かに豹は短気だけど、艶子も艶子だ。
相手にしなけりゃいいし、第一体のサイズ的に諦めればいい。
何故か山猫の中で1番ミニマムセンチの艶子が、1番反抗する。
まさに子供。
「こら、家が壊れる。やめなさいよ」
「カレン」
2人の間に割って入る。
艶子の顔に引っかき傷がある。豹がやったと思われる。
そして豹の顔にも、血が滲んでいる。きっと艶子が殴った。
「なんであんたらそんなに仲が悪いのかねぇ。はいはい、やめたやめた」
「しね!豹!」
「おまえがしね!ガキが!!」
「そんな変わらんわ!!サルサルサル!」
「やめんかあ!!」
思わず2人同時に殴ってしまう。
一瞬にして落ち着いた。
「…ったく…、本当にあんたらもうちょっと仲良くしてみたほうがいいんじゃない?」
「うるせえよ。カレン寝るぞ」
「そっちにいくか」
豹に腰を抱かれる。
麻月と同じ石鹸の香りが心地よい。
「発情期のサルが」
「てめえいつか抱き殺してやるからな」
「ねぇカレン、聞いた?!今の言葉、絶対捕まるよ」
「ここに居る全員捕まるわ」
「そうだそうだ。大体な、発情してんのはカレ…」
豹の顎を殴る。
豹は一瞬よろけた。
「だんなさま?言葉はお選びになって?」
「あい…」
涙目だ。言葉遣いが悪い豹にはいい制裁だろう。
「まぁ、そういうことよ。いい?豹、艶子。次は気をつけるのよ」
「…わかったよ」
艶子はぶすくれた表情でそういった。
豹は私の腰を抱いたまま、私の部屋にはいる。
「俺の部屋、艶子に焼酎こぼされた」
「…そう」
部屋の状況が安易に想像できた。喧嘩の理由が分かった気がする。
山猫たちの月曜日の夜が終わろうとする。