やまねこたち
山猫たちの木曜日
□ □ □
バン!!!
「やだー!!!」
物々しい騒音と共に豹の部屋から飛び出てきたのは、半分までずり下げられた全開のシャツの前を押さえている、艶子の姿だった。
何も履いていないらしく、長い足が剥き出しだ。
「おい艶子!!逃げんなどアホ!!!」
「嫌だっつってんじゃん!!!」
彼女は必死で、正面の俺の部屋に逃げ込もうとする。
ガチャガチャと何回も回すが、そりゃそうだ俺の部屋が開けっ放しの訳がない。そして勝手に入ろうとするな。
「俺をその気にさせたお前が悪い!!!」
「おい、ちょっ…!!嫌だって!!!」
艶子はそのまま豹に腹辺りを片腕で抱え込まれ、ずるりと豹の部屋に引きずり込まれる。
「おい、蓮二!見てないで助けろよ!!」
今にも豹の部屋に取り込まれそうな艶子は、必死に俺に叫んだ。
「…お前それ、人に物頼む態度だと思うか??」
笑いながら言ってやったら、彼女はそのまま豹に腰を足蹴にされ、べしゃりと床に倒れ込んだ。
こりゃあ聞いてもないな。
艶子の上に豹が覆い被さる。
豹の押し倒し方は雑だな。艶子が気の毒。
「ぎゃあああ!!!今そんな状況じゃないんだって!!!豹!!!」
豹は片手で艶子の胸元を掴む。
ぶちりと嫌な音と、艶子の苦痛そうなうめき声が聞こえた。
すると、肩紐の部分が無い艶子のブラジャーがずるりと奪われた。
「ぎ、やああああ!!!馬鹿豹!!!やめんか!!!廊下じゃ!!!」
「なに、部屋ならいいのかよ」
「ちがうわ!!!れ、蓮二みてる!!!」
腰に跨がっている豹の背中を、遠慮なしに膝で蹴り続ける艶子。
あ、なんだ、パンツ履いてたか。
「なに艶子、俺に参加してほしいの??」
「はああ?!蓮二まで何アホなこといってんのよ!!!助けろよって!!!」
何も気にしないで艶子の胸元に顔を埋める豹の髪を、彼女は毟りとりそうな勢いで引っ張る。
足元に転がっているブラジャーは、肩紐が無いと思っていたが、その切り口をみれば犯人は豹だと分かった。
「じゃじゃ馬が少しは大人に近付けるんじゃねぇの」
艶子の胸元に、豹の赤い舌が這う。
艶子の顔が歪んだ。
「馬鹿言うな、大人も糞も、処女じゃないわ!!」
「知っとるわこの股開き」
「誰がじゃ!!!」
艶子は前を隠そうとシャツをぐいぐい引っ張る。が、豹の頭が邪魔でそれは叶わない。
「おい、まじでやめろって!!!」
豹の体を引っ掻くが、そいつはびくともしない。
仕事柄か、ここにいる奴等は痛みに強い筈だ。
「なに??なにが嫌なの??今更怖いとでも??」
頭の前にしゃがみ込む。
感触に耐えられないのか、ぶんぶんと頭を振っている。
「蓮二も参戦しよーぜ」
「こいつでぇ??」
「お前ら本気でふざけんな!!」「おお豹、こいつは活きがいい」
「だろ」
自由な手で豹の顔を殴る艶子。
他の女にはないこの艶子の強さは流石だと思う。
「あ?!」
「豹、ちょっと退け」
床に倒されたままだった艶子を持ち上げる。
豹は素直に退いた。
殴られて血が滲んでる口元を舐めている。
「ちょ、蓮二!!」
攻撃的なその手は、休むことを知らない。
顔に一発食らった。
あぁ、中々痛い。こいつのパンチをなめてた。
「っ」
艶子を豹の部屋のベッドに叩き付ける。
しかしそいつはすぐに体勢を整えて、俺から逃げ出した。
「おっまえ本当、素早いよなあ」
「離せって!!!パパに怒られるぞ」
「親父も納得してくれるよ」
「豹たすけて」
「今度は豹に助けを乞うのか」
艶子は俺を睨む。
すぐにその拳は俺の顔に直撃。
「…いてえ」
並みの男には負けてねぇと思うよ、本当。
「…蓮二、横取りすんじゃねぇよ」
「いいじゃん、豹も参戦すれば。艶子も初めてだろ??」
艶子の前を隠す力が強くなった。顔はひきつっていている。
「…あぁ、今の顔、最ッ高」
思わず笑みがこぼれる。
艶子は出口に向かって走り出した。
身長が小さい分すばしっこくて、捕まえにくい。
その事を艶子は知っている。
「こんの…性欲マシーンたちが!!!」
「あぁそれいいじゃん」
艶子が俺と豹に挟まれる。
その顔がいい。
「ほら、だって、あぁ…えっと、蓮二、明日仕事でしょ??大使館のおっさんやるやつ…」
「さっき終わらせてきた」
「豹も…仕事…」
「昨日やった」
「お前ら、まだ疲れてるっしょ??体に良くないと思う」
「今からリフレッシュできるじゃん」
艶子は少し考えた。
そして、目の前の豹に殴りかかる。
「そっちの方に思考が転んだか」
豹は顔に拳がめり込んでも、顔色ひとつ変えない。
それでも艶子は強行手段――俺らを殴る――ことを続けた。
「…艶子、いてぇ」
「、あ?!」
俺は艶子の剥き出しの足を抱えた。
「やっ、ちょっ…」
不安定なのか、俺の頭を抱える。
艶子の腹が頬を撫でた。
「離せ!!!」
膝で俺の顔を蹴ろうとしているのか、じたばたする。
「はい、離した」
「ほぶっ」
再びベッドの上に叩き付ける。
「つーやこ」
豹がにやにやしながらベッドに乗り込んだ。
「やっやだやだやだやだ!!!なんでお前らの相手しないといけないんだよ!!!カレンにそのいかれた性欲ぶつけりゃいいじゃん!!!」
「だってカレンは」
「外人だし」
俺と豹は向き合って、意見が一致した。
「やっぱり手足短いのが安心するんだよ」
「おい!!!カレンとスタイル比べんな!!!まじでそれは怒るぞ!!!」
「大丈夫、男はやっぱり貧乳派だ」
「うるせぇ」
殴ろうとした手を掴む。
ぴたりと表情が固まった。
「…カ、カレンに…」
「一昨日やった」
「あたしそんなヤるキャラじゃない」
「わかったわかった」
豹の顔が近付いて、艶子は後ろに退く。勿論、後ろには俺がいるわけで。
「艶子が自分から近付いてきた」
「っ」
艶子の耳を咬んでやった。
びくりと反応した腕を掴む。
「や、」
豹が何も考えていないような顔で、艶子のシャツを破る。
豪快な音が、艶子の体を更に強張らせた。
こいつに雰囲気を守るというスキルはないみたいだ。
「と言うか、艶子は何で豹とこんな流れになったわけ??」
「艶子が間違えて俺の部屋で寝てたから、ボタン全部千切ってやった」
豹は怪しく笑う。
「部屋間違えただけだよ??ちょっと酔ってただけ」
「その格好で??」
「スカートは…」
「俺が脱がした」
「な??一方通行だろ??」
「その気にさせたお前が悪い」
「それはそうだ。艶子が悪い」
「はぁ?!あんたら頭だいじょ…あ?!」
そのまま雑にただの布切れになったシャツを引っ張る豹。
豹のただならぬ雰囲気におののいたのか、艶子は俺にすりよってきた。――いや、豹から遠ざくために俺を盾にしたといった方がいい。
「や…、やっぱ…」
俺の首に腕を回して、ぐいと豹の方向に押される。
顔はひきつっていて、まるでそう、自分より強いものに対峙したとき、どうしたら生きていけるか思考錯誤しているような…
そんな恐怖が滲んだ顔。
「…その顔、最ッ高」
艶子の顔を掴む。
悲鳴をあげそうだったその口を塞ぐ。
俺は艶子の腕を豹に差し出した。
豹が腕を掴む。
ついに艶子のシャツは全て床に落ちた。
口を解放してやると、飛び出した言葉は悪態だった。
「…変態」
「どうも」
艶子の背中に口付けた。
さっき豹に下着を引き千切られた時だろう、背中に血が滲んでいた。
「い、た」
そこを舐めると、艶子の体がびくついた。
豹が艶子の鎖骨に咬み付く。
その痛みに仰け反って、艶子は俺に凭れた。
「…艶子」
艶子の黒髪が揺れる。
この豹相手に暴れたのか、体の至るところに傷がついていた。
「あー、あー…やっぱ、やだあ」
俺らに良いようにされていた艶子が、再び逃げようとする。
「なにお前、そんな腰抜けだったか??お前のパンチには惚れたけどな」
「だって1回やったら、2回も3回も許すってことにな…」
豹が艶子の口を塞ぐ。
こればかりは艶子は暴れたが、唯我独尊豹には敵わない。
「いいじゃねぇか」
俺も笑った。豹も同じような表情をしている。
「俺らは後先考えないのがお似合いだ」
豹は笑って、艶子の黒色のパンツを引き摺り下ろした。
「や、パパ、…」
「親父は仕事」
助けを求めようとした口を手で覆う。たしか現在ここにはカレンと麻月がいたはずだ。
優しい優しい麻月にお楽しみを邪魔されたら困る。
暗闇でも見える、生っ白い脚が豹の顔を蹴りあげた。
「おぶっ」
「お見事」
「うるさい、離せ!」
豹は何が面白いのか、顎を押さえながら、肩を震わせて笑っている。
「あー、ほんとおもしれぇ…」
頭クラクラする、とか言いながら全裸の艶子にきつく抱き付く。
その瞬間に、彼女がびくりと震えた。
「う、あ」
彼女の声を初めて聞いた。
この声からして、犯人は勿論豹だ。
こいつ、どんな格好からでも触れるのな。俺はぼんやりと思った。
「はな、せ」
仰け反って、頭を俺の肩に乗せる。
「っ…」
紅潮した頬が愛らしい。
この顔で、この小さな手で、今まで沢山の人間を死に追いやっているんだから、おもしれぇ。
「ぅ…」
右足を持ち上げてやると、豹に「サンキュ」と似てもにつかぬ爽やかな笑顔で礼を言われた。
「おい馬鹿、っ…蓮二!」
艶子は怒ったような顔で俺を睨んだ。
しかしその表情もすぐに泣きそうな表情に変わる。
「…、ゃ」
爪で甘く引っ掻かれる。
さっきの強気な表情なんて、どこにもない。
「あーあー、かーわいい、艶子ちゃん」
ぱ、と豹は離れた。
艶子は顔を隠してベッドに突っ伏している。
耳まで真っ赤だ。
豹は構わず無理矢理艶子の腕を掴み、起こさせる。
俺は死んでも豹のベッドの相手にはなりたくないと思った。
「あ、…っ、や」
腰に冷たい指が掛かると、艶子は恐怖を露に俺にしがみついた。
「やだ、蓮二みるな!みるな!まじで、まじで見ないで」
「どうせ後で俺の相手するんだから」
そんな俺の言葉も聞かないで、艶子は悲鳴をあげた。
豹は笑っている。
その内聞こえるのはスプリングの音だけになった。
俺の腰に回る腕の力だけが、強くなる。
「ひ、ょう」
「なあに??艶子ちゃん」
艶子の腰が震えているのが分かった。
俯いている彼女の顎を掴んだ。
嫌がって顔を背けようとしても、それを許さない。
眉が寄っていて、目はしっかり開いていない。頬は紅花のように紅潮している。
どきりと心臓が鳴った。
「や…、ひょう、やだ」
両腕を更に強く掴まれて、苦痛そうに呻く。
「も…いいでしょ、」
今から襲われることなんかも知らないで、俺に目で訴えてくる。
もう限界、と。
「やっぱり艶子、最ッ高」
「ぅ、あ、…っ」
その表情の変化を見て取るのがおもしれぇ。
艶子は熱く息を吐く。
豹が離れた所で、彼女はさめざめと泣き始めた。
「もう、やだ…」
豹から離れるように、俺に抱き付く。
「…眠い…」
「女って、終わるとすぐ寝るよな」
「…あんたらもでしょ。疲れるの」
艶子は息を吐く。
そんな動作も、色っぽかった。
「ぇ、あ、…ちょ?!蓮二!!!」
艶子を抱き上げて、豹の方に落とす。
彼女にのし掛かりながら、両腕を豹の体に回させた。
「や、や!!!ちょっ!!!やだやだ!!!蓮二!!!」
床に落ちている艶子のシャツで、その細い腕を縛った。
「蓮二、あったまいい」
「お前は頭脳がだめだもんな」
「あ?!」
「ちょっと、喧嘩しないで外せ!!!」
自由な足が、俺の顎に直撃した。
一瞬意識が遠退く力強さ。