アルバイト執事にご用心
ゼイルは慌てて車を止めてから、恐る恐るクレアに尋ねた。


「なんで産婦人科の御曹司だから会うんだ?」


「これよ。」


クレアが手にしている書類を見てゼイルは叫んだ。


「もしかして・・・貧血で倒れたっていうのは・・・妊娠してるからか?
相手は俺だよな。
だから、こんな案内をいろいろともらってるんだよな。」



「うん。ごめんなさい、早く言おうと思ってたけど、直接言いたかったの。
出張先とか電話したくなかったから・・・。

ちょうどね、助けてくれた人が医大に通っている産婦人科の息子さんだったから、いろいろと相談にのってくれてね。
とくにひいきにしている病院ってないし、彼のご実家でお世話になることにしたの。
だめだった?」



「い、いいや。・・・でも、それならそれって早くいってほしかった。
だったらあんな失礼なことしなかったのに。
命の恩人じゃないか・・・悪いことをした。」


「ぷっ、ぷぷっ。」



「な、何がおかしい?」


「ん?いいの。ゼイルが失礼なことをするのは彼は予想済みだったから。」


「どういうことだ?」


「まぁ、いいのよ。あとでこれ記入したら病院へいって彼のお父様やおじい様にご挨拶する約束になっているから、いっしょにいきましょう。」



「ああ。それはそうと・・・学校のことだけど・・・ごめん。
俺のせいで卒業できなくて。」


「いいわよ。休学してまたがんばるし、ゼイルだって大変だったときにいっぱい勉強したんだから、私だってできるわ。」


「クレア・・・君は。」


「なあに?」


「いいや、えっと、病院までの道を教えてくれるかな。」


「ええ。」



それから、2人はスレダの実家である産婦人科病院へと向かい、スレダの父と祖父、そして助産師たちと話をした。


「ねぇ、ずっと思ってたんだけど、病院を勝手に決めちゃったことをとがめないの?」


「君がいいと思ったんだろう?」


「そうだけど・・・。」


「産む人が選んだところがいちばんいい。
俺の母さんは思うところで産めなかったんだ。

ほとんど決められたこと、決められたもの・・・決められた範囲内しか自由は許されなかった。
妹によく謝っていた。

愛されていたのはわかってる。
でも、その人が不安に思うことをやってはいけないんだ。

不安が残っている限り、幸せじゃないから。」


「私はぜんぜん不安じゃないから。
ゼイルのおかげだよ。

べつにゼイルが選んでくれたお医者様でもよかったのよ。
私はゼイルがしてくれたことは不安に思わないから。

不安に思うとしたら・・・ゼイルが自分の心に嘘をついたときだけ。」


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