記憶 ―黄昏の蝶―


街の真ん中に敷かれた、
彼の足元へ続く道。


「…ぁ…、貴方はこの街の住民ですか?僕を…知っているのですか?」

俺は、彼と一定の距離を取って足を止めた。
はっきりと顔を合わす事は出来なかった。

何を言うか分からない。

記憶を封じた彼を、
俺の住む世界を危機に追い詰めた彼を、俺をこんな運命にした彼を…

責め立てるかもしれない。

だから、
知らない振りをした。


『…会った事は無い。だが知っている。…一応、確認だ。お前さんの名は?』

「……ユピテル・ラディス…」

『…やっぱり、お前がユピテルか。本当に、何もかも忘れたんだな…』


彼の呼吸が速くなる。
俺は瞳を伏せ、平然を保つのに精一杯だった。


「…この街は、違う世界から来たのですね?僕は、この街に居たのですね…?」

『お前さんが知る必要は無い。俺は、お前さんから「ある物」を譲り受けに来ただけだ。』

「ある物…?何ですか?」


本当に…
こいつは忘れたんだな。

俺に会った事も、
俺の世界の皆の「記憶」を操作して逃げた事も…。

俺に、
「ごめんなさい」と謝った事も…

その謝罪の意味が、
今の俺になら理解出来る。


< 212 / 238 >

この作品をシェア

pagetop