図書室の白川さんー星ヶ丘高校絵巻ー
「ドキドキハラハラ…」


白川さんは鸚鵡返しに繰り返して、書架の間を歩く。


すっすっと書架の中を歩く白川さんは


ここの本を全部把握してるのかというぐらい、迷いがない。


ふと立ち止まって、一冊の本を手に取る。


薄い文庫本だ。


古い本なのか、ぱらぱらとめくるページが黄ばんでいる。


「ドキドキハラハラではないけど、これ…。

ちょっと重いけど、読んでおいたらいいと思う。」


小さな声だったけれど、淀みない口調は


本当に本が好きなのだ、と思わせる。


格技場で聞いた、まっすぐな声を思い出す。


やっぱりあの時の白川さんと、今の白川さんは同一人物なんだ。




 「海と毒薬」 遠藤周作




「毒薬…?毒の話…?」


うわ。


おもしろくなさそう。


手渡された本を見て、一瞬で怯む。


「遠藤周作は好きで何冊か読んだけど、それは本当に代表的なやつだから。


入試問題でもよく扱われてるし、いいと思う。」


微妙なオレの反応に、白川さんはまったく気づかず、うっとりと言う。


うっすら笑みさえ浮かべている。


本のことを話すのが、よほど楽しいらしい。


「あ、そう。ありがと。じゃあ、読んでみるわ。」



オレの目を見もしない白川さんが、饒舌(というほどでもないけど)


になってすすめてくれた本だ。


無碍に断るのも気が引ける。


オレは、読まないかもしれないなーと思いつつもカウンターで借りる手続きをした。


「お、さすが白川。いいとこついてきたね。」


カウンターに座っていたあけみちゃんが、にやにやしながら言う。


どうせ、読めないとか思っているんだろう。


「よっしゃ、超おもしろそー。さっそく読もうっと。」


図書室、という場所も忘れてオレはでかい声で言うと、


本をもって図書室を出る。


ちょうど、予鈴がなった。


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