memory
少し開いていたドアから中を覗くと、一人の女の子が弾いていた。
どこか儚い寂しげな音色にしばらく聴き入っていると、急に音が止まった。
「誰?」
そう言って彼女が振り向いたとき、俺は一目で惹き付けられた。
真っ直ぐで真っ黒な髪に白く透き通った肌、切れ長な目に凛として端正な顔立ち。
長らく黙って見惚れてしまっていたら、彼女は不機嫌そうな顔をしたので、あわてて言い訳を始める。
「ピアノの音が聞こえたから来てみたら、君が弾いていたんだ。俺は音楽は詳しくないけど、とても上手だと思ったよ。思わず聞き惚れてしまったよ。邪魔しちゃったかな。」
彼女は立ち上がって、近づいてきた。
「私は誰かと聞いたんだけど。」
真っ直ぐな瞳に思わず後退りしそうになる。全てを見透かすような、それでいてとても冷たい目をしている。
「あ、立花澪です。1年5組の。君は?」
「空井陽子。1年2組。」
そう言うと彼女はピアノの近くにあったカバンをとりに行き、
「じゃあ、私はもう帰るので。」
と言って去って行ってしまった。
それ以来彼女と会えることはなかった。
空井陽子。どこかできいたことあるような。