memory
「陽子が自殺したなんて噂もあったが、わしはそれは違うと思った。」
「俺もそう思います。」
彼女が台風の中何故出かけたかは分からない。
視界の悪い中わざと車の前に飛び出したなんて噂もあった。
でも絶対に自殺ではない。死のうと思っていたら、あんな風には笑えない。
「あの子がこの家に来た頃、何かが抜け落ちたように表情がなかった。親が二人とも、目の前で殺されたんだ、仕方ないだろう。でも、わしは少し心配じゃった。友達もいない様子だったからな。だが、陽子はなんだってで出来た。勉強も運動も。恐ろしいくらい出来た。それでも陽子が笑うことはなかった。」
「・・・。」
「だが、中2の夏くらいから、少しずつ変わってな。表情が柔らかくなった。めかしこんで出かけることが増えた。夏祭りの日に浴衣が着たいと言ったときは驚いた。陽子が何かを頼むなんて初めてでな。婆さんの形見の浴衣だったが、見せると嬉しそうな顏をした。雑誌をみながら懸命に髪を結っている姿に、これはデートじゃなと思った。陽子を変えてくれたのは君のおかげじゃろう?」
「いえ、俺は何にもしてないですよ。」
「いや、本当にありがとうな。」
俺はそのあと、彼女に線香をあげて彼女の家をでた。
彼女は忘れることが出来ない能力を祖父にも打ち明けてなかったのだろう。
そんな話は全くしてなかった。
俺に初めて言ってくれたときは一体どんな心境だったんだろうか。
そして、なぜ手紙なんか残したんだろうか。
俺はおじいさんに教わった彼女の眠るお墓に向かった。