聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
序章 死を知らぬ少女
“世界”。
そこには光があり、闇があった。
光は熱を放ち、かたちを変え、やがて光神となった。
闇は熱を奪い、かたちを変え、やがて闇神となった。
二つの存在の引き起こした重力により、世界は二つに分かたれた。
片方には無が残り、片方には星が生まれ大地が生まれた。
光神と闇神は無の世界から、生まれし大地を共に見守った。
そこで最初に美しいものを見た光神は愛と喜びの神となり、滅びを見た闇神は破壊と殺戮の神となった。
やがて大地に生命が生まれた。
ひとつは、星麗(せいれい)。
光神の愛の息吹より生まれいでし者。黄金の髪の美しい種族で、星の光と清らなる水をもって、生命と成す者。
そしてもうひとつは、魔月(まげつ)。
闇神の破壊と欲望の息吹より生まれいでし者。赤い角を持つまがまがしい獣の種族で、血肉を喰らい、生命と成す者。
平和を好む星麗と、血を好む魔月。
ふたつの種族は相いれず、やがて大戦が始まった。
互いの力は拮抗し、100の年、200の年を経ても決着が着かなかった。
そして300の年を経る頃には、星麗たちも魔月たちも力を失っていった。
星麗は黄金の髪を失い黒髪となり、“人間”となっていった。
魔月は角を失いほとんどが地底で眠りにつき、地上に残った者は皆“動物”となっていった。
戦いの決着は、ついたと言えるのであろうか。
それともまたいつか、戦いは始まってしまうのであろうか…。
眩しい青空のキャンバスに、ひらりひらりと桜色の花びらが舞う。
満開の桜の花が、散る季節。
桜の巨木の木陰に、父と幼い娘の姿があった。
ひらり。
二人の頬を、髪を、かすめて花びらは舞う。
娘はそれをつかまえようと、父の肩の上から手を伸ばしてははしゃいでいる。
「リュティア。お母様はね、遠くに行ってしまったのだよ」
そう語りだした父の声は何かをこらえるように低い。
「とおく? 今でもおかあさまのお部屋はとてもとおいのに」
「そうだよ。もっと遠くだ。お母様は、病気だったから、それで…」
「びょうき? びょうきだから、おかあさまは、もっととおくにいってしまうの?」
「ああ」
「とうさま。リュティアはご本でよみました。びょうきなら、やくそうでなおすことができるって。わたし、だれよりもべんきょうして、“やくそう医”になります!! そうしたら、おかあさまのびょうきも、きっとなおります。ねっ、とうさま!」
「……………」
何も答えることのできない父の肩の上で、リュティアは再び桜の花びらを追いかけはしゃいだ笑い声をあげる。
「おかあさまに、こんど会ったら、あたらしくおぼえた“じょじょうし”をおきかせしたいな。よくわからない、うたなのだけど、わたしはすきなのです」
「どんな詩だい?」
「おお、われ、かなしみにふせり
おお、われ、きみうしなわん」
「……………リュティア」
父の頬を涙が伝う。
それに気づかずに、リュティアはもう一度、叙情詩を繰り返す。
澄んだ声は蒼穹を流れ、
ただ花が、散っていた。