聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
―ガルゥゥゥ!

背後から狼の魔月の唸りが近づいてきていた。後ろには狼、前には雷竜。逃げ場は、ない!

―何か、何かできないのか!

リュティアが雷竜を見上げて祈るように虹の指輪を握りしめたその時、

―ギャゥゥゥ!

と背後で魔月の悲鳴が上がった。それは断末魔の悲鳴だった。

思わず振り返るリュティアの目の隅で血を流し倒れる狼の魔月、そして―

そして。

リュティアのすぐそばを人影が躍る。

全てにスローモーションがかかったような、その一瞬。さらりと流れる漆黒の前髪、通った鼻筋、見憶えのある凛々しい横顔―すべてがリュティアの目に焼きつく。

鮮血を帯びた銀の剣の切っ先が、漆黒のマントが、視界を切り裂いていく。

―星麗の、騎士様…!!

「俺の獲物だ―――横取りは許さない」

少年は響きのよい声でそう言って、挑むように剣の切っ先を雷竜に向けた。

どうして星麗の騎士がこんなところにいるのか。ここは番人がつくりだした異空間ではなかったか。

そんなことは不思議とどうでもよかった。

リュティアはただ、目を奪われていた。少年のマントに、髪に、瞳に、息使いに、その一挙一動すべてに。自分でもそれがなぜなのか、まったくわからぬままに。
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