聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
雷竜は叫び、がむしゃらに反撃しようと太い腕をふりまわしたが、木々をなぎ倒しただけですべて空振りした。

続いて体を回転させて尻尾を叩きつけようとしたが、片腕をついて全身を持ち上げた少年に軽くかわされた。少年はその勢いのまま宙返りして見事に着地する。

地に足がつくやいなや少年は雷竜の近くに深く踏み込みその背中とわき腹を十字に斬った。

俊敏な動き、躍動感にあふれる圧倒的な剣技。戦いの主導権は完全に彼が握っていた。彼の周囲で燃え盛る炎までもが彼に喜んで従っているように見える。彼はまるで竜―炎の竜だ。

「これで、終わりだ」

少年がそう宣すると、雷竜の体に異変が起こった。

―あれは何だ!?

リュティアは目を疑った。

雷竜の体の中心から、燃え盛る炎の球がじょじょに膨れ上がってくる!

雷竜は慌てたように前足で胸元をかきむしる。しかし炎の球は大きくなるばかりだ。そしてついに炎の球は限界まで膨れ上がり――

爆発した!

激しい突風と飛び散る木端にリュティアは思わず目を閉じる。

そうしながら思った。

少年はこの爆発のために雷竜の体のあちこちに切り込みを入れていたのだと。少年は雷だけでなく炎までも、自在に操ることができるのだと。

突風が去り、リュティアがおそるおそる目を開け立ち上がると、黒焦げになった雷竜がばたりとその場に倒れるところだった。少年は雷竜とリュティアの間にその背中を見せて佇んでいた。

燃え盛る炎に照らされ、その背中は赤く輝いて見えた。

おもむろに少年が左腕をふりあげ、何かつぶやき、拳を軽く握りしめた。すると――

一斉に、すべての炎がぼっと音を立てて消えた。

少年を包んでいた赤い色彩が消えた。

あたりには一気に静寂が戻った。

少年がばさりとマントを翻してこちらを振り向き、ゆっくりと歩み寄ってきた。

―こっちに来る。
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