聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
「お前は無防備すぎる。これでは殺し甲斐がない。もっと俺を憎め。聖乙女(リル・ファーレ)たるお前と猛き竜(グラン・ヴァイツ)である俺は、完全な敵(かたき)同士なのだから」

乱暴に置かれた手に、優しい力がこもる。言葉とは裏腹に。

「………はい」

頷いたが、リュティアには彼を憎める気がまったくしなかった。

これほどまでに優しい手の持ち主を、どうして憎める?

自分を殺さずに、聖具まで破壊せずにいてくれたのに、どうして。

掌のぬくもりが慕わしくて、二人の運命が切なくて、リュティアの瞳から涙があふれ、こぼれ落ちた。

―緑に緑 青に青 重ねし幾千万の森に―

―その名をそっと、囁くがごとく明かす―

星麗の騎士のはじまりの詩の一節が脳裏をかすめていく。

幾千万の森の中、自分のはじまりの詩は、なぜこうも辛く切ないのか――。

「次に会った時は、命はないと思え」

「………はい」

泣きながら、唇を噛みしめながら、リュティアは頷く。

ライトの手がはなれる。その背中が再び遠ざかっていく。リュティアは今度はどうしても追うことができなかった。気付いてしまったからだ。

自分の中に轟く気持ちに。


―私は、ひょっとしたら…

ひょっとしたら、…

この人のことが、好き…なのかも知れない。


信じがたいことだ。

彼の言う通り、彼は自分の宿敵なのに。

それ以前に、リュティアは恋を知らなかったから、この気持ちが恋なのかも、わからなかった。けれどこの気持ちを、恋と呼ぶのかも知れないと思ったのだ。

まだそれは淡い淡い想い。

けれど確実に、しっかりと根を下ろし始めてしまっている想いだった。
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