聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
月が昇る頃、カイが再び部屋を訪れた。

耐えがたい恐怖にじっと耐えていたリュティアは、その姿を見ると、やはりほっとした。しかし同時に胸が痛んだ。自分の存在が、カイを危険に巻き込んでいるのだから。

「リュー…大丈夫か?」

気遣わしげにそう尋ねられ、リュティアはかろうじて頷いた。

本当は全然大丈夫などではなかったけれど。

「一緒にもう一度、護衛を頼んでみないか。リューはアクスの愛娘の命の恩人だ。きっと気を変えてくれたに違いない」

リュティアにはまだそのことが納得できなかった。

「カイ…どうしても護衛は必要ですか」

「もちろんだ」

「アクスさんを危険に巻き込むことになっても?」

「世界の危機を考えれば、どこにいても危険だ。彼ほどの腕前の戦士はほかにいない。なんとしても護衛を頼みたい」

「どこにいても危険…」

カイの言う通りなのだろう。

これはリュティア一人の問題ではないのだ。

世界の戦いなのだ。

どんなに嫌だと、逃げ出したいと言ったところで、逃げ場などどこにもないのだ。誰にとっても。現に魔月は現れた。戦いはもう、始まってしまった。

ならば力の限り、戦うしかないのではないか。

覚悟を決めるしか、ないのではないか。

そして決断は今、迫られていた。

今、今の答えが必要だった。運命はリュティアに迷うひまを与えてはくれない。だから…

「…わかりました」

リュティアは寝台からおり、ふらつく足を踏みしめてしっかりと立った。

それだけで少し、少しだが、恐怖が和らぐ気がした。

「リュー…ありがとう」

なぜカイが礼を言うのだろう。

そう思ったが、それがカイの人となりなのだから、そうなのだろうと思った。
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