聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
第四章 笑顔と強さ
1
ミュファの町から北に数刻歩いた場所に、旅人達の広場と呼ばれる野営用の広く森を開いた地がある。そこにヴァルラムの大商人ヨーバルの隊商が天幕を広げている。白い無数の天幕の群れが西日に映え、その間に威風堂々と四台の馬車が並んでいる。
今、この広場をぴんと張り詰めた空気が包んでいる。
「シア、下がっていろ」
女騎士ジョルデは背にかばった少女に、女性にしては低くどすのきいた声を投げた。それはいかにも、女性ながら筋骨隆々とした見事な肉体を持つジョルデらしい声だった。
シアと呼ばれた少女はジョルデの後ろから、今にも前に飛び出しそうに身を乗り出して威勢の良い声をあげた。
「へ~え、この私に喧嘩売るなんて、いい度胸じゃないの! 相手してやるわ! そしてぎったんぎったんにしてやるんだから!」
「おいシア、話を聞け」
「聞いてるわよ! 今、それどころじゃないでしょっ」
彼女の年の頃は16、7くらいだろうか。健康的なむきだしの肩や素足、すっきりと前髪のほとんどを持ち上げ後ろで結んだ肩口までの黒髪がなんともいえぬ清涼感をかもしだす少女だった。
今この隊商は盗賊たちに囲まれていた。ジョルデら護衛からは逆光になる位置を計算し、彼らは黒々とした影を夕景の森に浮かび上がらせている。その数ざっと―40。隊商の護衛は20人、数の上では隊商が不利だった。
戦闘は盗賊側が口火を切る形で唐突に始まった。
「落ちつけ! 展開しろ! 馬車に近づけさせるな!」
たちまちあたりは怒号と剣戟の音に満ちた。
ジョルデは身の丈ほどもある大剣を危なげなく振り回し、華麗に戦った。それもそのはず、彼女は祖国ヴァルラムでも三本の指に入るともいわれる凄腕の騎士だった。
一方シアと呼ばれた少女も、短剣をひらめかせ、細腕からは想像もつかないような鋭さを持って盗賊たちに攻撃している。だが、残念ながら彼女は一人で前に出すぎていた。ジョルデから見て、それが彼女の長所でもあり、決定的な短所でもある。
ジョルデがシアを守るべく、仕方なしに前に出ようとしたとき、ひゅんと音を立てて何かが素早く視界を横切っていった。
矢だ、と気がついた時にはシアに迫っていた盗賊の一人がぎゃっと悲鳴をあげて腕をおさえていた。
矢は次々とうなりをあげて飛来し、シアの側のもう一人の盗賊、その隣の盗賊が腕を射ぬかれて武器を取り落とした。腕を、それも利き腕だけを狙い定めた見事な攻撃にジョルデは感嘆の声を上げた。
15人の盗賊が腕を射ぬかれた時点で盗賊たちは敗走を始めた。
荷を守ることが仕事の護衛たちは誰も後を追わなかった。
緊張の糸がほどけ、広場をけが人の確認の声が飛び交った。ジョルデは視線をめぐらせて先ほどの矢の主を探した。すると広場の入口付近に、弓を下ろした青年の姿が見えた。
傾いた太陽の光に茶色に輝く髪を結いあげた、美しい青年―
それは誰あろう、カイであった。
カイは剣こそ大の苦手だったが、フローテュリア一の弓の名手だった。弓の腕を買われてリュティアの護衛官になったくらいなのだ。
カイの後ろに隠れるようにして事の成り行きを見守っていたリュティアは、そっと顔を出しながらミュファの街でやっと弓を買えてよかったと心から思った。実戦で初めて目にするカイの弓の腕前に、これで百人力だとリュティアは誇らかな気持ちになっていた。
今、この広場をぴんと張り詰めた空気が包んでいる。
「シア、下がっていろ」
女騎士ジョルデは背にかばった少女に、女性にしては低くどすのきいた声を投げた。それはいかにも、女性ながら筋骨隆々とした見事な肉体を持つジョルデらしい声だった。
シアと呼ばれた少女はジョルデの後ろから、今にも前に飛び出しそうに身を乗り出して威勢の良い声をあげた。
「へ~え、この私に喧嘩売るなんて、いい度胸じゃないの! 相手してやるわ! そしてぎったんぎったんにしてやるんだから!」
「おいシア、話を聞け」
「聞いてるわよ! 今、それどころじゃないでしょっ」
彼女の年の頃は16、7くらいだろうか。健康的なむきだしの肩や素足、すっきりと前髪のほとんどを持ち上げ後ろで結んだ肩口までの黒髪がなんともいえぬ清涼感をかもしだす少女だった。
今この隊商は盗賊たちに囲まれていた。ジョルデら護衛からは逆光になる位置を計算し、彼らは黒々とした影を夕景の森に浮かび上がらせている。その数ざっと―40。隊商の護衛は20人、数の上では隊商が不利だった。
戦闘は盗賊側が口火を切る形で唐突に始まった。
「落ちつけ! 展開しろ! 馬車に近づけさせるな!」
たちまちあたりは怒号と剣戟の音に満ちた。
ジョルデは身の丈ほどもある大剣を危なげなく振り回し、華麗に戦った。それもそのはず、彼女は祖国ヴァルラムでも三本の指に入るともいわれる凄腕の騎士だった。
一方シアと呼ばれた少女も、短剣をひらめかせ、細腕からは想像もつかないような鋭さを持って盗賊たちに攻撃している。だが、残念ながら彼女は一人で前に出すぎていた。ジョルデから見て、それが彼女の長所でもあり、決定的な短所でもある。
ジョルデがシアを守るべく、仕方なしに前に出ようとしたとき、ひゅんと音を立てて何かが素早く視界を横切っていった。
矢だ、と気がついた時にはシアに迫っていた盗賊の一人がぎゃっと悲鳴をあげて腕をおさえていた。
矢は次々とうなりをあげて飛来し、シアの側のもう一人の盗賊、その隣の盗賊が腕を射ぬかれて武器を取り落とした。腕を、それも利き腕だけを狙い定めた見事な攻撃にジョルデは感嘆の声を上げた。
15人の盗賊が腕を射ぬかれた時点で盗賊たちは敗走を始めた。
荷を守ることが仕事の護衛たちは誰も後を追わなかった。
緊張の糸がほどけ、広場をけが人の確認の声が飛び交った。ジョルデは視線をめぐらせて先ほどの矢の主を探した。すると広場の入口付近に、弓を下ろした青年の姿が見えた。
傾いた太陽の光に茶色に輝く髪を結いあげた、美しい青年―
それは誰あろう、カイであった。
カイは剣こそ大の苦手だったが、フローテュリア一の弓の名手だった。弓の腕を買われてリュティアの護衛官になったくらいなのだ。
カイの後ろに隠れるようにして事の成り行きを見守っていたリュティアは、そっと顔を出しながらミュファの街でやっと弓を買えてよかったと心から思った。実戦で初めて目にするカイの弓の腕前に、これで百人力だとリュティアは誇らかな気持ちになっていた。