聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
「まったく…うちの弟子が失礼を。私たちはヴァルラムの騎士。人探しの旅をしていったん国へ帰るところだ」

「私たちもある人を探しているのです。見かけませんでしたか?」

カイがなぜかひどく気の進まない様子で少年の特徴を述べた。

リュティアたちは五日かけてミュファの町へと到着し、そこの宿屋で少年の噂を聞いた。少年は二日前大地の記憶の山と呼ばれるアタナサリム山に向かったというのだ。

しかし彼を追って危険に満ちたアタナサリムをさまようのは無謀だ。ミュファを通るということは北に向かっているということだから、旅人たちが必ず通る広場で待ち伏せしようということになった。それでたった今ここに到着したわけである。

薬草で怪我の治療に参加しがてら、ジョルデだけでなく隊商の他の面々に話を聞いてみると、どうやらすでにそれらしい少年を見かけたという商人の男がいた。

その少年は今朝早くにやってきて、ろくに休憩もとらずに広場を抜けて北へ行ったという。ただ、詳しいことは一切わからず、他人の空似ということも十分にあり得た。

どうすべきか。その少年を追っていくべきか。それともその話を信じずここで待つべきか。リュティアたちが迷っていると、逃げていたシアがひょっこり顔をのぞかせた。

「私たちと一緒に来れば?」

「え?」

リュティアは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたに違いない。

「その人がただの旅人なら、ここから15日、町をひとつはさんだ国境の町アサフェティダで必ず足止めを食うわ。そこで追いつける。もし人違いならそこで待てばその人に会える。いい案でしょ?」

それは確かに名案だった。

しかし、こんなに大勢の見知らぬ人々と共に旅をするなど、リュティアの想像の範疇を越えていた。

それでなくともまだ外界に出たばかりで、旅の仕方そのものもよくわからぬリュティアだ。

「ええと、あの、その……」

リュティアがまごついていると、隣のカイが即答した。

「ぜひ、そうさせてもらいたい」

「…カイ?」

「(この隊商には腕利きの護衛が20人もいる。このチャンスをつかまない手はない)」

カイが小声でささやいた言葉に、リュティアは眉根を寄せて考え込む。

カイの言うことはわかるが、それではこの心優しい人たちを危険に巻き込むことになる。無論、アクスを護衛に誘う時に、そう言った葛藤は捨てたつもりのリュティアではあったが…。

「じゃあまずヨーバルに会って! 彼は面白くて心の広~い人よ! 助けてくれたあなたたちを絶対隊商に入れてくれるわ」

リュティアの葛藤をよそに、話はとんとん拍子に進んだ。

シアがごく自然にリュティアの手をとり、ヨーバルのもとへと駆け出す。

その掌のあたたかさに、リュティアは少々おののかずにはいられなかった。
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