聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~

3

隊商と共に旅を始めて10日目、国境の町アサフェティダを目前にして、事件が起こった。

街道が落石により通行止めとなっているというのだ。

かなりの大きさの落石のため、復旧のめどはたっていないということだった。

ヨーバルたちは緊急の会議を催して、今後の旅について話し合った。

そして出された結論は…

「 “鮮血の風穴”を通るしかないな」

聞くからに恐ろしそうな場所である。

隊商は馬車と御者を置いて街道をそれ、“鮮血の風穴”という場所を通ってアサフェティダを目指し、御者たちとはそこで落ち合うこととなった。

「 “鮮血の風穴”とはどのような場所なのですか?」

不安に駆られたリュティアはシアとジョルデにそう尋ねてみる。

「私もシアも確かなことは知らないな。ただ、ヨーバルの話では、暗くて不気味で危険な場所だということだが…」

「危険、なのですか?」

「だぁいじょうぶよリュティア。私がついてる、それに頼りになるお兄さんもいるじゃない? ね、カイ?」

ため息をつきながら歩いているカイは、話しかけられても気づいた様子がなかった。

「ありゃりゃ、重症ね」

「放っておくしかないだろう」

放っておくとすぐに自分の考えに没頭してしまうのは、カイだけではない。

リュティアもだった。彼女は皆と共に歩きながら、自分の感情にとまどいを感じていた。

これほど優しい人たちに囲まれ、にぎやかに旅しているのに、彼女の心の大部分を占めるのは、あの少年のことだったからだ。

それはうまく言葉にできない感情だった。心の奥のろうそくに密かに灯った火のような思いだった。―もう一度会いたい。ただ、もう一度会いたいのだということはわかった。会ってどうしたいかなどは一切考えられない。ただ会いたい。

気がつくとリュティアはほぅ、と熱っぽいため息をついていた。そのたびに熱でもあるのかもしれないと額に手をあててみる。とにかく自分の気持ちが不思議でならなかった。甘く、切なく、うっとりするようなのに、こんなにも不安で頼りない気持ち…。

リュティアがそんなことを考えているうち、一行は“鮮血の風穴”にたどり着いた。
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