聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
墜落時の記憶は、驚くほどなかった。

ただ、数瞬の記憶の空白の後、激しい衝撃と共に全身を包んだ冷たさを覚えていた。

川に落ちたのだ、と理解する一方で、リュティアは自分が泳いだことなどないことに気が付く。

しかしなぜかリュティアは、この激しい川の流れを自在にとらえて、すいすいと泳ぐことができた。

必死でシアの姿を捜していたから、そのことを不思議がる余裕はなかった。

シアの姿を見つけたとき、リュティアはひどく驚いた。シアがもがくことも泳ごうとすることもせず、まるで自ら死を望む者のように目を開いたまま水の底に沈んで行こうとしていたからだ。

なぜ――?

リュティアはシアの体をさらうと、激流からなんとか岸の上にひきずりだした。

「シア、シア、私を見て下さい、シア」

なんとか灌木をかき分け大地の上にシアを寝かせ、リュティアが祈るような気持ちで呼びかけると、それに応えるようにシアが瞳を泳がせた。その視線は最初うつろだったが、リュティアをとらえて焦点が合った。

「リュティア―私…生きて…」

シアはのろのろと上体を起こし、それから激しくせき込んだ。水を吐くシアの背を、リュティアは懸命に支えた。

どうやらほとんど水は飲んでいないようだった。シアの状態はすぐに落ち着いた。

今にも泣き出しそうな空がはらはらと二人を見守っている。

「なぜですシア、なぜ、泳ごうとしなかったのです」

「…………」

リュティアの悲痛な問いかけに、シアはしばし黙したままだった。吸い寄せられるように視線を大地に向け、やがてぽつりとつぶやいた。

「パールに…会いたかったの…」

「……?」

リュティアにはその意味がわからなかった。
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