聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~

翌々日の早朝、ついに小高い山の上に石造りの建物群―町が見え始めた。

遠目からでも町を東西に貫く黒々とした鉄の巨大な壁がはっきりと目につく。

「あれが国境の町アサフェティダ、そして国境の門よ。あの門を越えれば、ヴァルラムよ」

アサフェティダはヴァルラムとの間の天然の国境となっているアサンソール連山のうち、一番低い小山の頂上に築かれた町だとシアが教えてくれた。

一行のつくる影が短くなった頃、彼らは無事アサフェティダ入りした。

町は人でごった返しているのだが、しんと沈む不思議な静けさが漂っていた。今にも割れんばかりの冷えた緊張感とでも言おうか。それはひとたび戦が起こればいつでも戦場となる町だからだということにまで、リュティアは頭が回らなかった。

少年がここにいる。頭の中はそのことでいっぱいだった。

町の西側で久しぶりに宿をとると、リュティアとカイはさっそく北側の国境の門まで出かけた。が、二人の足取りは軽いとは言い難かった。リュティアは少年と再び会うことに完全に尻ごみしていたし、カイは刑場に引っ立てられる罪人のような心持ちでいたからだった。

そびえたつ鉄壁は近くで見ると相当の威圧感があった。

この門のせいで町全体が鉄の全身鎧をまとった戦士のように重々しく見えるのだ。重々しいこの門を抜けるために、商人や旅人たちが群がっている。

人々は行列をつくり、門の前の関所とおぼしき建物の中に消えていく。

リュティアは迷子のような気持ちで人々の間に視線を走らせた。この人ごみの中から、どうやって少年を見つければいいのだろうか。

その時行列の中に、漆黒のマントが翻るのをリュティアは見た。銀の胸当てが眩しく日差しを反射している。短い漆黒の髪の後ろ姿に、リュティアはあっと声をあげた。

心臓が跳ね上がった。

リュティアは吸い寄せられるように、人ごみをかきわけその人物に駆け寄った。

「あ、あの…!!」
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