聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
続いて激しい破壊音と共に部屋が揺れた。
鉄球を振り回して手当たり次第にぶつけているような、宿全体を振動させる音だ。
さらに悲鳴が上がった。男性、女性、子供と様々―客たちの悲鳴だ。その尋常でない様子に、ライトはすぐさまベッドから降り、剣を抜いて身構えた。
夜盗の類かとも思ったが、どうもおかしい。激しい破壊音が続いている。それは柱が壊され二階が丸ごと落ちるような並大抵のものではない音だった。その音はだんだん大きく近く迫ってきていた。視界は部屋と共に揺れ続けている。来るか―――
と、扉に全神経を集中させていたライトの頭上からいきなり轟音を立てて天井の一部が落ちてきた。ライトは扉側に咄嗟にとびすさってかわしたが、粉々に砕け散った石の破片と煙で激しくむせた。
もうもうと巻き起こった煙の中に―――
ばさりと優雅な羽音を立てて、空から何かが舞い降りてきた。しだいに晴れていく煙を身にまとう、巨大な影…。
「!!」
ライトは目を瞠った。
煙の中から現れたのは、全身が鮮やかな紫色の羽根で覆われた世にも美しい巨鳥だった。それもただの巨鳥ではない、そのすらりともたげた頭には二本の赤い角があった。
「魔月…!!」
「やっとみつけた―――」
なんと、巨鳥の口からはっきりとした言葉が紡がれた。人語を喋る魔月など、ライトは見たことも聞いたこともなかった。
「あなたは力が欲しい、そうですね」
巨鳥の声は中性的に澄み渡り、からみつくような甘さを帯びていた。ライトの意識の片鱗がその声を美しいと感じた。
だがなぜだろう、声も、姿も、こんなにも美しいのに、巨鳥の存在感は霞のように空疎だった。ライトは間近にいながら、自分が何かと向き合っているのか確信が持てなかった。
巨鳥の双眸がまっすぐにライトを射ぬく。その禍々しい赤い視線に、ライトは縛られたかのように身じろぎ一つできない。
「…何者だ」
絞り出すように問いながら、ライトはぎっと巨鳥を睨んだ。二つの視線が激しくぶつかりあい、静かな火花を散らす。
「なぜ力が欲しいのか、教えて差し上げましょう」
巨鳥の言葉に、ライトは少なからず動揺した。
「何だと――?」
「私はヴァイオレット。さあ、私と一緒においでなさい」
「誰が魔月などと…!」
ライトは呪縛から解けたように、一気に斬りかかった。ヴァイオレットは微笑をたたえたまま、その渾身の一撃を避けようとしなかった。だが――
「……なに!?」
ライトは次の瞬間、ぐにゃりとした実体のない手ごたえに戦慄していた。
鉄球を振り回して手当たり次第にぶつけているような、宿全体を振動させる音だ。
さらに悲鳴が上がった。男性、女性、子供と様々―客たちの悲鳴だ。その尋常でない様子に、ライトはすぐさまベッドから降り、剣を抜いて身構えた。
夜盗の類かとも思ったが、どうもおかしい。激しい破壊音が続いている。それは柱が壊され二階が丸ごと落ちるような並大抵のものではない音だった。その音はだんだん大きく近く迫ってきていた。視界は部屋と共に揺れ続けている。来るか―――
と、扉に全神経を集中させていたライトの頭上からいきなり轟音を立てて天井の一部が落ちてきた。ライトは扉側に咄嗟にとびすさってかわしたが、粉々に砕け散った石の破片と煙で激しくむせた。
もうもうと巻き起こった煙の中に―――
ばさりと優雅な羽音を立てて、空から何かが舞い降りてきた。しだいに晴れていく煙を身にまとう、巨大な影…。
「!!」
ライトは目を瞠った。
煙の中から現れたのは、全身が鮮やかな紫色の羽根で覆われた世にも美しい巨鳥だった。それもただの巨鳥ではない、そのすらりともたげた頭には二本の赤い角があった。
「魔月…!!」
「やっとみつけた―――」
なんと、巨鳥の口からはっきりとした言葉が紡がれた。人語を喋る魔月など、ライトは見たことも聞いたこともなかった。
「あなたは力が欲しい、そうですね」
巨鳥の声は中性的に澄み渡り、からみつくような甘さを帯びていた。ライトの意識の片鱗がその声を美しいと感じた。
だがなぜだろう、声も、姿も、こんなにも美しいのに、巨鳥の存在感は霞のように空疎だった。ライトは間近にいながら、自分が何かと向き合っているのか確信が持てなかった。
巨鳥の双眸がまっすぐにライトを射ぬく。その禍々しい赤い視線に、ライトは縛られたかのように身じろぎ一つできない。
「…何者だ」
絞り出すように問いながら、ライトはぎっと巨鳥を睨んだ。二つの視線が激しくぶつかりあい、静かな火花を散らす。
「なぜ力が欲しいのか、教えて差し上げましょう」
巨鳥の言葉に、ライトは少なからず動揺した。
「何だと――?」
「私はヴァイオレット。さあ、私と一緒においでなさい」
「誰が魔月などと…!」
ライトは呪縛から解けたように、一気に斬りかかった。ヴァイオレットは微笑をたたえたまま、その渾身の一撃を避けようとしなかった。だが――
「……なに!?」
ライトは次の瞬間、ぐにゃりとした実体のない手ごたえに戦慄していた。