聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
確かに上からまっぷたつに斬った…はずなのだが、血も羽毛も飛び散らない。何かが変だ、と感じてライトは慌てて剣を引こうとしたが、剣を動かすことができない!

なんと、見る間に傷口がふさがり血肉に剣がしっかりと挟まれてしまっていた。この世のものとは思えぬ現象にライトは驚愕し、焦った。

が、彼は鍛え抜かれた戦士だった。戦況を冷静に見極めた彼は早々に剣を諦め、ざっと間合いを取った。そしてブーツに仕込んでいた丈の短い細い剣を引き抜き斜めに構えた。

一触即発の緊張が部屋を貫く。

部屋は相変わらず激しく揺れていた。その揺れが耐えがたいまでになったその時、ライトの背後で壁一面が扉ごと大破した。

―新手か!?

「ヴァイオレット、手出しはしていないだろうな」

「ずるいぞ、一番乗りは俺がよかったのに」

「一番に見つける確率は皆同じ、運が悪かったなゴーグ」

ライトの背を冷たい汗が滑り落ちた。

背後から現れたのは、三体のいずれも巨大な魔月だった。見上げる巨躯の獣人(オーガ)、三つの長い首と頭を持つキマイラ、逆巻く硬いたてがみにバッファローの頭の悪魔(パワーデビル)…凶悪そうな赤い角と赤い瞳に囲まれ、ライトは視線を彼らへ険しくひらめかせた。

四対一は分が悪すぎる…隙をついて逃げるしかない。だがどうやって?

「逃がしはしませんよ」

「…!」

いつの間にか背後に忍び寄ってきたヴァイオレットに足払いされ、ライトは片膝をついた―と思ったらそこは紫の羽の上だった。ライトを乗せ、ヴァイオレットは宙へ舞い上がった。

「降ろせ…!!」

ライトが飛び降りようと思った時、頭上に不自然に浮かぶ謎の闇の渦が見えた。ライトが足を動かす前に、大口を開けたその闇の中に彼はあっというまに呑み込まれてしまった。
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