聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
生まれたときから親の定めた婚約者であった二人は、それゆえに、お互いに抱く想いを、かたくなに意識しないようにしていたのだという。

特にフレイアは、王となる身として、恋そのものを封印しているようなところがあったらしい。

そんな彼女を振り向かせるには…長い年月の努力を要したようだ。そんな話を聞くと、他人事とは思えなくなり、カイはザイドを好きにならざるをえなくなってしまった。

「よう、お前さんたち! フレイアをちゃんと監視してたか?」

カイの物思いを破った快活な声はジョルデだ。

ジョルデが戻ったのを見て取り、フレイアとリュティアも駆け戻ってきた。

「どうだった? ジョルデ」

「う~ん、いい知らせも悪い知らせもあるな。どっちから聞きたい?」

「もちろん! いい知らせよ!」

勢いよく言い切ったフレイアに、残りの四人は苦笑した。いかにも彼女らしいと思ったのだ。

「わかった。王宮の方にちょっくら顔を出してみたが、城の皆は変わりないようだ。あれ以来王宮ではさらわれた者も、魔月に遭遇した者もいない。国王陛下ももちろん健在だぞ。家出同然で旅に出たお前に、ひどくお怒りの様子ではあったがな」

「えっ、お父様が! ちょっとジョルデ、それって悪い知らせじゃないの!」

「自業自得だ、心配かけたんだから、ちょっとは反省しろ」

「…はぁい」

「それと悪い知らせだが…これはリュティアに関わることだ」

ジョルデの言葉に、リュティアはごくりと唾を飲みこんだようだった。

「さっき、王宮では、と言ったよな。実を言うと、街では魔月に遭遇した者がいるんだ。それも、つい最近。三日前だ」

「魔月が…三日前に…!」

ジョルデたちとの道中魔月と一度も遭遇しなかったことを、おかしいと思いつつ、安心していたカイとリュティアだったから、再び“魔月”と聞いて二人とも平静ではいられなかった。

やはり、彼女を狙って来たのだろうか。

「襲われた宿は半壊、犠牲者は多数だ。つまりこの街はすでに安全ではない。覚悟しておいてほしい」

リュティアの顔つきが変わる。

フレイアとの旅で浮かれていた気持ちが急に引き締まる思いなのだろう。

「…わかりました」

「大丈夫。魔月が現れても、私たちが守って見せるから! ジョルデもザイドも、悔しいくらい強いのよ!」

「…ありがとう」

カイも二人の強さは知っていたが、それでもフレイアの言うようには安心できなかった。それほど魔月は凶悪だと身をもって知っているのだ。

あまりひとつところにはとどまれない。

急がなければ。

「ひとまず、大神殿へ急ごう、リュー。神官たちが、盗まれた聖具について何か知っているかも知れない」

「それなら私たちも一緒に行くわ。王女の私がいれば、何かと便宜を図れるはずだから。魔月が出たら危ないし」

カイにとってそれはありがたい申し出だったので、二つ返事で引き受けた。

西の空に、朱金の残光が輝いている。その残光を背に、一行は夜の方向に向かって歩きはじめた。

人々の祈りと共にあるようにと、居住区である東区にそびえるという、大神殿目指して。
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