聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
遥か頭上には巨大な鐘、円形の天井の周囲を荘厳な宗教画が囲み、それらの真下に優美で繊細なつくりの白大理石の祭壇があった。

祭壇のまわりでは人々が跪き祈っている。ライトは祝福を受けるため神官と共に祭壇の階段を登った。頂では水瓶を構えた神官がひっそりと佇んでいた。

「聖具は…?」

ライトは当然の疑問を口にした。祭壇の中がからっぽだったからだ。それを聞いた案内役の神官は、嘆かわしそうに眉根を引き絞った。

「ああ…いつの日にかここを訪れる〈聖乙女〉に渡すはずだった、聖具“虹の指輪”は…三か月前に盗まれてしまったのです…何者か、おそらくは魔月に」

「聖具が、盗まれた…?」

「しかし、聖具がなくともここが聖なる場所であることに変わりはありません。さあ、祝福を与えましょう」

「この聖水をその身に浴びることで、あなたに神の祝福が与えられます」

水瓶の中の聖水が揺れ、ばしゃりと音を立てた。ライトはなぜかその音に、強い嫌悪感を覚えた。神官が水瓶を捧げ持ち、ライトの頭上でゆっくりと傾ける―。

「やめろ…」

我知らずそんな呟きがライトの口からもれた。自分でもわけがわからなかった。自分から祝福を望んだ者のセリフとは思えなかった。ライトは身を引こうとしたが、一歩間に合わなかった。

聖水を頭から浴びた瞬間、ライトの全身を焼けつくような痛みが襲った。

「うあああああっ!!」

激しい痛みに身をよじり、ライトは足を踏み外して祭壇から転がり落ちた。

「!! どうなさいました!?」

ライトは両腕で頭を抱え込むようにして床の上をのたうった。

頭が割れそうだった。

鼓動の音に合わせて視界が激しく揺れる。

駆け寄ってくる神官たちが霞んでいく。

そして。

ライトの手の中で、片時も外さず大事にしてきた銀の額飾りが、パリーンと澄んだ音を立てて粉々に砕け散った。

「…大丈夫ですか!?」

「…………た………」

ライトは銀の欠片が降り注ぐ中、時計の針が止まったように、急にその動きを止めた。その瞳は驚愕に見開かれていた。

「……思い…出した………」

頭痛が去り、霧が晴れるように、彼はすべてを思い出した。

生まれ落ちたその時から今までの、“真実”の記憶を。
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