聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
―大神殿が、燃えている!?

異変を感じ取ったリュティアたち一行は大階段の最後の50段を駆け足で登った。

神殿は炎を吹き上げ、薄闇を赤々と照らし燃え上がっていた。まるで闇の中に突然現れた太陽のようだった。

辺りには悲鳴が交錯し、人々が散り散りになって逃げ去ろうとしていた。心を揺り動かされるような冷たい不安がリュティアの胸に突き上げてきた。

「どうしたのです!? いったい、何があったのですか!?」

逃げ去ろうとしていた神官を呼び止めて尋ねると、神官はひどく狼狽した様子で悲鳴のように答えた。

「わかりません…! 銀の鎧の少年が叫んで、突然火が…!」

「…銀の鎧の少年?」

―銀の鎧の少年。

リュティアはその言葉にざわりと心が波立つような胸騒ぎを感じていた。その少年が星麗の騎士なのではないかとなぜか思った。

「仕方ない、リュー、私たちもいったん逃げよう…――リュー!?」

カイたちがちょっと目を離したすきに、リュティアの姿は炎上する神殿の中へと消えていこうとしていた。

―騎士様がここにいる。

リュティアは頬を焼く熱気に手をかざしながら、必死で炎の中に視線をさまよわせた。たったひとりの面影を求めて。

「騎士様…!!」

しかし、炎と陽炎の海の中には人影どころか生命の気配自体がなかった。ただ、祭壇の下にリュティアはあるものをみつけた。

粉々に砕け散った、銀の額飾りだ。

「リュー!! なんて無茶を…! 早く、逃げるぞ!」

追ってきたカイが強引にリュティアの腕を引っ張った。

「待ってカイ。これが…」

「これは、あの少年が持っていた…聖具?」 

カイも足元のそれに気がついた。

「いや違う――嵌まっている石が虹の宝玉ではない。虹の宝玉なら、こんなふうに割れることは無い。聖なる力をこめられたオパール…だろうか。とにかくこれは聖具では、なかったんだ」

「聖具では、なかった…」

放心したように呟くリュティアの腕を引き、火柱の間を縫うようにしてカイは走り出した。たった今までリュティアが立っていた場所に、灼熱の鐘が轟音と共に崩れて落ちてきた。崩壊寸前の大神殿を飛び出すと、熱気に焼かれた頬に夜気が冷たく感じられた。

その冷たさを氷のように感じながら、リュティアは名残惜しげに神殿を振り返った。

彼女の瞳の中で、数百年の歴史を誇る大神殿が、脆くも崩れ落ちていく…。

―盗まれたという聖具。壊れた額飾り。そしてこの炎上。

一連の出来事に何か恐ろしい関わりがある気がして、リュティアは身震いした。

「星麗の騎士様…」

彼は確かにここにいたのだ。

ここで一体、彼に何があったというのだろうか。
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