聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
思わず目を閉じかけた、その時。

目の前を赤い影がよぎり―――

ガシャアン!!

と何かが砕ける激しい音が間近で生じた。

ぱらぱらと木片が頬に降りかかる感触に、砕けたのがたった今落下してきた木材であると理解する。

けれど、なぜ?

そう思って目の前の光景に目を凝らすと、すぐそばに新たな人影があった。

斧を構えた、筋肉の盛り上がるたくましい腕。

鍛え上げられた大きな背中。

そして赤い髪―――。

「アクス…さん?」

目の前の光景が、リュティアには信じられなかった。

こんなところに彼がいるはずがない。

それなのに、斧をおろし、振り返った彼は、どこからどう見ても、アクスなのだ。

幻…?

リュティアが目を丸くして呆然としていると、アクスは不機嫌そうに鼻を鳴らして、その場を去ろうとしていた。

「アクスさん! 待ってください、アクスさん! いったい、どうしてここに!?」

慌ててその腕をつかむと、アクスはさらに不機嫌そうな表情になった。

「…わからん」

「え?」

「私にもわからんと言った」

その声を聞くと、急に、リュティアの中で、何かが符合した。

「もしかして、道中今までずっと魔月と遭遇しなかったのは…アクスさんが守ってくださっていたから? そうなのですね!?」

「……」

「あ! カイを助けてくれた人影も、もしかして!?」

アクスは何も言わなかった。

それをリュティアは肯定ととった。

あれほど頑なに護衛はできぬと言っていた彼が、影で自分たちを守ってくれていたなんて…。リュティアは心の底から「ありがとうございます!」と叫んで礼を言った。
< 82 / 121 >

この作品をシェア

pagetop