聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
リュティアは覚悟を決め、カイが消えた客室を訪れた。

相変わらず、部屋には肌を刺すようなまがまがしい気配が残っている。

けれどアクスの言ったことが正しいなら、この気配も何者かによる偽りのものなのかも知れない。

「お願い…もしもこの力が、光神様の恩寵によるものなら…どうかお願いします…私に力をください。さらわれた大切な人たちを捜しだす力を…」

リュティアは祈りの形に手を組むと、静かにうたいだした。


「 “おお、優しさよ
そのあたたかい胸よ
そは喜びによって生み出されしもの
おお、喜びよ、それこそが光の神なる我の息吹”」



リュティアの胸を、清しい風が通り抜けたような心地が包み込む。

室内に置かれていた植物たちが喜びに身をくねらせ、成長していく。

(お願い…何か、何か手がかりを…)

その時リュティアは不思議なことに気が付いた。

目を閉じているはずなのに、視界が明るいのだ。

ぼんやりと、霞がかった光を感じる。

その光は、銀河のごとくゆったりと渦巻いていた。

その渦の向こうに、どこかの景色のようなものが見える。

身を寄せ合う木々たち―どこかの森、だろうか?

リュティアが思わず目を開けると、光の渦は部屋の中央に目視できるものとなって出現していた。

リュティアははっと直感した。

もしかして、二人がさらわれたのはこの森なのではないかと。

そう思ったらいてもたってもいられなかった。

今を逃せば、もう二度とこの渦を見つけられないかもしれないのだ。

「カイ! 今、行きます!」

リュティアは寸分のためらいもなく、その光の渦へと身を躍らせたのだった。




そして彼女の背後で気配を殺して一部始終を見守っていたアクスは、ちっと舌打ちした。

「なんの準備もなしで飛び込むなど…どうしてそう無茶をする。ひ弱なくせに…」

そうひとりごちたアクスではあるが、斧を手に準備万端この部屋にこうして駆け付けている自分も、どうだろうかと思った。

「彼女を守るために行くのではないぞ…」

誰に対しての言い訳なのかそうつぶやくと、アクスも光の渦へと突入したのだった。
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