聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
「おお、さすが我らの魔月王」

「まさに、聖具を破壊する力をお持ちのお方」

「竜(ヴァイツ)よ、この子供はどうなさいます」

「…離してやれ」

ライトはそのまま背を向けて神殿を去ろうとした。床から天井まで本で埋まったいかにも不思議な神殿だったが、ライトには興味がなかった。

しかし―。

「触るな! それは僕がセラフィム様のために集めた大事な本なんだ! セラフィム様はそれを優しく読み聞かせしてくれるんだ! これ以上触ったら絶対に許さない!」

戯れに本に手を伸ばしたヴァイオレットに、子供ががなりたてた。

読み聞かせ、その言葉がライトの癇に障った。それは仙人を、仙人と過ごした日々を連想させる言葉だった。神話やお伽噺を語ってくれたあの日々――。

ライトは振り返りざま腰の剣を素早く引き抜くと、子供の喉にぴたりと押しあてた。

「子供の命が惜しければ、結界を解け」

セラフィムの表情は静かだった。彼がゆっくりと腕を持ち上げると、神殿を包んでいた聖なる力がふっと掻き消えた。

ライトは本を睨み、右手を前に突き出した。

「 “おお 炎よ そは憎しみ 
大地の記憶の山 アタナサリムよりいでし力”」

その腕に絡みつくように巨大な炎の渦が現れ、みるみるうちに神殿の本に燃え移った。

「燃やし尽くせ」

「うわぁぁ――っ! 僕とセラフィム様の本がぁ―――っ!」

泣き叫ぶ子供の声を炎がのみこんでいく。

燃え盛る爆炎から彼を守るために、結界を張るだけだったセラフィムがはじめて力を使い、子供の周りに光の膜のようなものを張った。

ライトはそれに一瞥すら向けずに背を向け、歩きだした。

炎の匂いが、ここ一帯を包む濃厚な緑の匂いをもかきけしている。

「聖具のひとつは破壊した。残りの聖具はありかがわからない。ならば次は、雷や炎をもしのぐ最強の魔月の力、闇の力の封印を解くのが良いだろう」

魔月王として目覚めたライトは、魔月王としての知識も、取り戻しつつあった。

「その通りです王よ、聖乙女を殺すことで、それが叶うのです」

「そうだ。そして今の俺になら、聖乙女の居場所くらいすぐにわかる。感じられるんだ。どこにいようとも必ず見つけ出して…―――殺す」

ライトのまなざしの奥に、暗い殺意が揺らめいていた。
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