聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~はじまりの詩~
「愚かな…」

少年はリュティアの選択にしばらく呆然としているようだったが、不意に頬を紅潮させて怒り出した。

「君には聖乙女としての自覚が足りなすぎるようだね! 聖具の大事さがまったく、わかっていない!」

「わかっています!!」

リュティアは狭い足場の上で少年に向き直り、声を張り上げた。

「これから私がしなければならない戦いに、必ず必要になる…それはわかります。けれどカイは私の大事な、家族です! 家族を見捨てるような人に、世界は救えません! 人との絆以上に大切なものなんて、この世にはありません。あなたこそ、大切な人の大切さがわかっていないのではありませんか?」

少年は何か言い返そうとして、絶句した。

ガラガラとどんどん足場が崩れていく。

逃げ場を失い、リュティアはカイに抱き寄せられるような形になりながら、精一杯頭をさげた。

「どうかお願いします。聖具を譲って下さい。まだよくわからないけど、私の力が必要なら、世界のために戦います。だから、だから、どうか聖具を……。――!!」

「…………」

少年は目を吊り上げて二人を睨んだまま、何も言わなかった。

それはつまり、二人をこのまま溶岩の海に沈めることを意味していた。

その証拠に、二人の足場はどんどんと崩れ落ちて狭くなっていく。

それがこの空間をつかさどる少年の意思なのだ。

もう諦めるしかないのかと、リュティアは観念した。

「リュー!!」

不思議と怖くはなかった。

今そばに感じられるカイの腕が、何より頼もしかったからだ。

「カイ! きゃっ」

そしてついに、二人を支えていた最後の土台が崩れ去った。

体がふっと軽くなり、墜落する。

煮えたぎる溶岩の海へ。

死者の国へ。

そこがどんなところでも、二人一緒なら怖くはない。

リュティアはカイの腕の中で目を閉じたが、……

いっこうに、熱さも痛みも訪れないことに気づいたのは、十数秒もの時間が経ってからだった。

溶岩が、熱くない。それどころか、肌にさらさらと触れる不思議な触感をしている。

いや、違う。これは…
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